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パク・チョンヒ(朴正煕) パク・チョンヒPak Jǒng-hǔi

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

パク・チョンヒ(朴正煕)
パク・チョンヒ
Pak Jǒng-hǔi

[生]1917.9.30. 慶尚北道,善山
[没]1979.10.26. ソウル
韓国の軍人,政治家。 1937年大邱師範学校を卒業後,42年満州国軍官学校から日本の陸軍士官学校に学び,関東軍に配属された。第2次世界大戦後,韓国陸軍士官学校卒業,陸軍本部で主として情報,作戦,軍需関係を担当。第5,第7師団長,軍需基地司令官,陸軍本部作戦参謀副長などを歴任し,61年5月軍事クーデターを指導。以来,国家再建最高会議議長,大統領権限代行を経て,63年 10月民政復帰とともに第5代大統領に当選,67年5月再選。このあと3選を禁止した憲法を改正して 71年4月3選。 62年から推進した5ヵ年経済計画などで急速な経済成長を推進する一方,国際緊張緩和に伴って 70年「八・一五宣言」で南北朝鮮の対話を呼びかけ,71年南北赤十字会談を経て 72年7月4日の南北共同声明を生み出した (→南北対話 ) 。他方 72年 10月に戒厳令を宣布し「十月維新」を断行,新設された統一主体国民会議によって,重任の制限のない大統領に選出された。 74年春の反体制運動と 75年4月の南ベトナム陥落後の政治不安を大統領緊急措置で乗切り,同時に南北不可侵条約の締結を呼びかけた。 79年 10月 26日,部下の金載圭中央情報部長に射殺された。その治績に対しては,今なお韓国で評価が大きく分れる。軍人が政治に関与したこと,政治的抑圧が大きかったことについて批判がある一方,韓国を一大工業国に変貌させ,国民生活を豊かにし,韓国の民主化の基盤をつくった点で,近年再評価が高まっている。著書に『朴大統領演説文集』『国家と革命と私』『民族の底力』などがある。

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