ヒカリゴケ(英語表記)Schistostega pennata(Hedw.)Web.et Mohr

改訂新版 世界大百科事典 「ヒカリゴケ」の意味・わかりやすい解説

ヒカリゴケ
Schistostega pennata(Hedw.)Web.et Mohr

ヒカリゴケ科の蘚類。ヨーロッパ,北アメリカ,シベリア,日本に分布。日本では一般に冷涼な地に生じ,北海道や本州の山岳地域でかなり多くの産地が知られているが,例外的に東京都の都心部で見いだされている。洞穴や岩隙(がんげき)など暗い場所の土上に生育し,かすかに黄緑色に光る。これは原糸体の細胞が平面的に配列し,それぞれの細胞がレンズ状をなし,弱い光を細胞の奥に偏在する葉緑体上に集光,反射するためである。原糸体自身が発光しているのではないので,反射光をとらえる一定の角度から眺めないと光らない。茎や葉は繊弱,白緑色で光らない。長野県佐久市の〈岩村田ヒカリゴケ産地〉,埼玉県比企郡吉見町の〈吉見百穴のヒカリゴケ発生地〉,東京都千代田区の〈江戸城跡のヒカリゴケ生育地〉は国の天然記念物に指定されている。ヒカリゴケ類(目)はヒカリゴケのみを含み,1科1属1種からなる。
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ひかりごけ

武田泰淳短編小説。後半が2幕の戯曲になっている。1954年(昭和29)《新潮》に掲載。1944年冬,羅臼沖で難破した軍用小船の船長ほか7名が避難した無人島で行った人肉食い事件を扱い,食わねば死ぬ極限状況をくぐりひとり生存した船長の,洞窟および彼を裁く法廷の場での異常な言動を通じ,何が善で何が悪か,罪なき人ありや,またその人間に他が裁けるか,等々の善と悪の価値基準に対し根源的な問いかけを迫る。武田の,戦場と敗戦時上海での極限体験から生まれた戦後の秀作。題名は,人肉食いの首のうしろにつき,食わぬ人にのみ見える,すなわちだれにも見えぬ光の輪で,“罪なき人無し”を象徴する言葉。船長の〈我慢〉なる言が注目される。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ヒカリゴケ」の意味・わかりやすい解説

ヒカリゴケ
ひかりごけ
[学] Schistostega pennata (Hedw.) Web. et Mohr.

コケ植物ヒカリゴケ科の代表種で、この科はヒカリゴケのみから構成される。北半球の冷涼な地域に生育し、日本では北海道から本州中部地方にかけて分布する。植物体は高さ7~8ミリメートルで、葉は茎の上に左右2列になってつく。雌雄生殖器官は茎の先端につき、ほぼ球形胞子体ができる。胞子から発芽した原糸体では、球状に膨らんだ細胞が先端に向かって平面状に並ぶ。この細胞がレンズの役目をして、入射してくるわずかな光を反射し、原糸体が生えている地表面を光らせる。この光は薄い緑色であるが、これは球形の細胞に入った光が屈折し、葉緑体が集まっている細胞の奥のほうで反射し、ふたたび細胞から出てくることによる。つまり、ヒカリゴケが光るのは、光の反射によるもので、ヒカリゴケそれ自体が発光するわけではない。

 ヒカリゴケは、洞穴の中や大木の根元の穴の中などの薄暗い場所に生える。光を反射する現象が特殊であるところから珍重され、日本では長野県佐久(さく)市岩村田(いわむらだ)、埼玉県比企(ひき)郡吉見(よしみ)町、皇居(東京都千代田区)などの生育地は、国の天然記念物に指定されている。

[井上 浩]


ひかりごけ

武田泰淳(たいじゅん)の中編小説(後半は戯曲二幕)。1954年(昭和29)3月『新潮』に発表。同年7月新潮社刊の『美貌(びぼう)の信徒』に収録。第二次世界大戦中のある冬、知床(しれとこ)半島の羅臼(らうす)沖で陸軍の輸送船が難破する。船長と数名の船員が助かって洞窟(どうくつ)にこもるが、交通が途絶し食糧がない。死んだ仲間の人肉を食って、結局船長だけが生き残る。人肉食いが発覚して裁判に付せられる。裁判長の訊問(じんもん)に船長はただ「私は我慢しています」と答える。幕切れでは、裁判長、弁護士、傍聴の男女の上に、人肉食いの証拠とされる光の輪が広がる。極限状況のなかにおける生存と、罪の自覚の問題を深くえぐった思想的な名作である。

[助川徳是]

『『ひかりごけ・海肌の匂い』(新潮文庫)』『松原新一著『武田泰淳論』(1970・審美社)』

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ヒカリゴケ」の意味・わかりやすい解説

ヒカリゴケ(光蘚)
ヒカリゴケ
Schistostega pennata

セン類ヒカリゴケ科の1種。湿りけのある洞窟の入口などに生える。長さ5~8mm。直立して仮根を有し,下半部には葉をつけず上半部に左右2列で1層の細胞層から成る葉を生じるが,中肋はなく,またしばしば互いに接着しているので,全体が深い鋸歯状に裂刻をもった1枚の葉のようにみえる。色は灰白緑色で雌雄異株,成熟した体には正常葉より著しく小さい葉を上部に5列に生じる。雌株に造卵器を生じ,受精後長さ 6mmの 蒴柄を伸ばして 蒴を生じる。ここに生じる胞子が落下して原糸体となるが,この原糸体は多年生で,洞窟の岩の表面などにはうように生長する。その単列の各細胞には葉緑体が下部にあり,上面の細胞膜は透明でやや隆起して凸レンズ状になっているので,光を反射する。そのため洞窟の入口から光が一つの方向に差込んでいるときに,光を背にして原糸体を見ると葉緑体から黄金色の光が美しく反射してくる。

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百科事典マイペディア 「ヒカリゴケ」の意味・わかりやすい解説

ヒカリゴケ

ヒカリゴケ科の微小なコケ植物蘇類。北海道〜本州中部以北の洞穴や大木の根元など,薄暗いところに生育。糸状の原糸体はほぼ球状の細胞からなり,各細胞がレンズのように弱光を反射し,全体としてかすかなエメラルド色に光る。生長した植物体は光を反射せず,白緑色で高さ約1cm。埼玉県東松山市吉見の百穴,長野県佐久市の生育地は国の天然記念物に指定。
→関連項目コケ(苔)植物

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デジタル大辞泉プラス 「ヒカリゴケ」の解説

ひかりごけ

1992年公開の日本映画。監督・脚本:熊井啓、原作:武田泰淳による同名小説、脚本:池田太郎。出演:三國連太郎、奥田瑛二、田中邦衛、杉本哲太、津嘉山正種、内藤武敏、井川比佐志ほか。戦時中に実際に起きた人肉食事件をモチーフとする。

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世界大百科事典(旧版)内のヒカリゴケの言及

【コケ植物(苔植物)】より

…ヒョウタンゴケは焼け跡を好む性質がある。ヒカリゴケは深山の洞穴や大木のうろなど光のごく弱い場所に生える。クサリゴケ科の小さな種は,しばしば常緑樹やシダの葉上に生育するので,葉上苔(ようじようごけ)と呼ばれる。…

※「ヒカリゴケ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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