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ピトケアン島 ピトケアンとうPitcairn Island

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ピトケアン島
ピトケアンとう
Pitcairn Island

南太平洋,フランス領ポリネシアの東方,南緯25°4′,西経130°6′に位置するイギリス海外領土の火山島。1767年にイギリス人が来航し,命名。無人島であったが,1789年戦艦バウンティ号の反乱事件ののち,反乱者とそのタヒチ人家族が 1790年から住みついていたのが 1808年に発見された。1831年住民はいったんタヒチ島へ移住したが同 1831年帰島し,1856年にはノーフォーク島へ移住したが,一部が再び帰島した。今日の住民はこの子孫。1898年正式にイギリス領となり,近くの三つの無人島とともに,ニュージーランドにいる高等弁務官がピトケアン総督を兼ねている。アダムズタウンが唯一の集落。自給のための農業,漁業のほか,切手や工芸品がおもな収入源。面積 4.6km2。人口 46(2005推計)。

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デジタル大辞泉の解説

ピトケアン‐とう〔‐タウ〕【ピトケアン島】

Pitcairn Island》南太平洋東部、イギリス領のピトケアン諸島の主島。火山性の島で、周囲を断崖に囲まれる。英海軍艦「バウンティ号」の反乱の首謀者、F=クリスチャンが過ごしたという海を見渡せる洞窟がある。中心地は同島北部アダムスタウン

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大辞林 第三版の解説

ピトケアンとう【ピトケアン島】

〔Pitcairn〕 南太平洋、イースター島とタヒチ島のほぼ中間に位置する孤島。イギリス領。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ピトケアン島
ぴとけあんとう
Pitcairn

南太平洋、ポリネシア東部、タヒチ島とイースター島との中間にあるイギリス領の孤島で、火山島。東西3キロメートル、南北1.5キロメートル、面積4.5平方キロメートル。島の最高点は31メートル。1790年、バウンティ号の反乱兵が住み着き、タヒチからの移住者とともに新しい村づくりを始めた。しかしそれは、1808年アメリカの捕鯨船が訪れるまで世に知られることはなかった。中心地アダムズ・タウンAdams Townはバウンティ号最後の生存者の名にちなんだもの。1856年には過剰人口がノーフォーク島に移り住んだが、近年の人口は100人を割っており、91(1971)、74(1977)、64(1979)、53(1980)と減少、1984年には57となっている。最大の収入は美しい切手の売上げによる。コプラ、バナナを産するほか、島民は周辺の無人島デュシーDucie、ヘンダーソンHenderson、オエノOeno三島へ、ココヤシの収穫に通う。良港がないため定期航路はない。[大島襄二]

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