コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ピーターマリッツバーグ Pietermaritzburg

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ピーターマリッツバーグ
Pietermaritzburg

南アフリカ共和国東部,クワズールー・ナタール州の州都。通称マリッツバーグ。ダーバン西北西約 65km,ドラケンスベルク山脈東麓,樹木の多い丘陵に囲まれた谷に位置。1838年ボーア人の移住者が建設し,ズールー族との戦争で死んだ 2人の指揮官ピート・レティーフ,ゲルト・マリッツの名にちなんで命名。1843年イギリスが占領。1856年イギリス領ナタール植民地の首都となった。特産のワットル樹皮の加工のほか,第2次世界大戦後,工業も急速に発展,食品,家具,アルミニウム製品,ゴム製品などを産する。州および市の行政庁,アングリカン聖堂,ローマ・カトリック聖堂などがあり,クワズールー・ナタール大学をはじめ博物館,美術館,公園などの文化施設も整備されている。都市圏人口 55万3223(2001)。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

ピーターマリッツバーグ(Pietermaritzburg)

南アフリカ共和国東部、クワズールナタール州の都市。同州の州都。ドラケンスバーグ山脈東麓ダーバンの北西約80キロメートルに位置する。グレートトレックとよばれるボーア人の大移動により建設。名称は開拓の先導者ピーター=レティーフとゲルト=マリッツに由来する。市庁舎、州議事堂、セントピーター教会、開拓者博物館など植民地時代の建物が多く残っている。

出典|小学館デジタル大辞泉について | 情報 凡例

百科事典マイペディアの解説

ピーターマリッツバーグ

南アフリカ共和国東部,クワズール・ナタール州の州都。インド洋岸のダーバンの北西約80km,ドラケンスバーグ山脈東麓にある。皮革工業が盛ん。大学(1909年創立)がある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

ピーターマリッツバーグ【Pietermaritzburg】

南アフリカ共和国東部,クワズールー・ナタール州の都市。人口15万6000(1991)。ドラケンスバーグ山脈のふもと,インド洋岸ダーバン港の北西80kmの標高700mほどの地点にある。工業都市で自動車組立て,ディーゼルエンジン製作などのほか,衣料,履物,家具,チョコレートなどの軽工業が発達している。ナタール大学,国立博物館,植物園その他の学術・文化施設もある。ケープ植民地から移動してきたオランダ系のボーア人が,1838年ズールー族を敗走させたのち建設した町で,戦死したピーター・レティーフとヘリト・マリッツを記念して地名とした。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ピーターマリッツバーグ
ぴーたーまりっつばーぐ
Pietermaritzburg

南アフリカ共和国東部、クワズールー・ナタール州(旧ナタール州)の州都。ドラケンスベルク山脈東麓(とうろく)の標高670メートルに位置する。人口37万8126(1996)。1839年ブーア人の内陸移動によって建設され、その指導者ピーター・レティーフとゲルト・マリッツGerritt Maritzの名にちなんで命名された。1856年ナタール共和国の首都となった。各種行政機関のほか、ナタール大学、博物館、美術館などの文化施設がある。第二次世界大戦後、工業が発展し、酪農製品、アルミニウム製品、ゴム製品、家具などを生産する。近郊にはネイピア要塞(ようさい)、ワールズ・ビュー岩丘、ホーウィック滝など史跡、名勝が多い。[林 晃史]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

ピーターマリッツバーグの関連キーワードA. ペートンホーウィック滝ペートンヘッド

今日のキーワード

所信表明演説

政府の長が施政に関する考え方を明らかにするために行う演説。日本の国会では、臨時国会や特別国会の冒頭に内閣総理大臣が衆議院および参議院の本会議場で行い、当面の問題を中心にその国会における内閣の方針を示す...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android