翻訳|photogram
ルミノグラフluminographともいう。印画紙の上に透明度や厚みの違う物体を置き,これに光を当てて作る画像のことで,物体の形や重なり,光の角度や動き,などの組合せ方により,豊かな諧調と抽象的な形象による画像を作ることができる。歴史的には,ドイツのJ.H.シュルツェ(1727)やイギリスのT.ウェッジウッド(1802)などが感光材料を考案する際に行った実験もフォトグラムの方法によっているといえるが,明確な形では,W.H.F.タルボットのレース模様をフォトグラムにした資料(1839)が,現存する最も古いものだろう。この方法を表現手段として利用した作家で著名なのは,M.レイとL.モホリ・ナギで,M.レイはこの方法に自分の名を冠してレイヨグラムRayogramと呼び,多くの作品を残している。モホリ・ナギがフォトグラムを重要視したのは,抽象的な画像において,絵具を使った場合のような筆跡を排除できるからであり,このことによって匿名性を確保できるという構成主義の立場からであった。
なお,フォトグラムの語はときにフォトグラフ(すなわち写真)と同義に用いられることもある。
執筆者:大辻 清司
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
カメラを使わずに写真印画をつくる写真の特殊技法。暗室の中で印画紙上に小物や型紙を配し、その上から露光し、現像すると、物体の影になった部分が白く絵柄となって現れる。この作画技法の考案者は、ハンガリー出身でバウハウスの造型作家モホリ・ナギで、1922年ごろから同技法を用いており、フォトグラムの名称も彼の命名による。またフランスで活躍したシュルレアリストのマン・レイも、同じころに同様の技法を用いているが、彼は自らの名にちなみレイヨグラフrayographeと命名していた。さらにパリにいた中山岩太(いわた)も同種の技法で制作している。この技法が日本に紹介されたのは昭和初期で、画家の瑛九(えいきゅう)は1935年(昭和10)前後に「フォト・デッサン」と称し、多くのフォトグラムを制作した。なお類似した技法として、暗黒中で点光源を移動させ印画紙に描くペンジュラム・フォトがある。
[平木 収]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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