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フリブール Fribourg

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フリブール
Fribourg

ドイツ語ではフライブルク Freiburg。スイス西部,フリブール州州都。ベルン南西約 30kmのサリーヌ川 (ザーネ川) 沿いに位置する。住民の大部分はフランス語を話す。ローザンヌジュネーブ,フリブール地区の司教座の所在地で,スイスにおけるカトリックの中心地。 1157年にツェーリング家のベルトルト4世が要塞を建設したのが起源。以後キブルク,ハプスブルク家を経て 1452年にサボイア家領となり,76年のブルゴーニュ戦争の結果スイス同盟の一員となった。チョコレートなどの食品工業,醸造業が盛んで,水力発電所が立地し,電機・機械・繊維工業などが行われる。聖ニコラ大聖堂 (13~15世紀) ,ノートル・ダム聖堂 (12世紀) ,市庁舎 (16~17世紀) などがある。人口3万 3913 (1991推計) 。

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デジタル大辞泉の解説

フリブール(Fribourg)

スイス西部、フリブール州の州都。1157年、ツェーリング家がサリーヌ川沿いに築いた要塞に起源する。カトリック系のフリブール大学があり、反宗教改革の拠点となった。ドイツ語名、フライブルク。

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百科事典マイペディアの解説

フリブール

スイス西部,同名州の州都。機械工業,チョコレート製造,ビール醸造業が行われる。カトリックの大学(1889年創設),後期ゴシック様式のサン・ニコラ大聖堂がある。1277年以来ハプスブルク家の所領,1481年スイス同盟加入。

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世界大百科事典 第2版の解説

フリブール【Fribourg】

スイス連邦を構成するカントン(州)およびその州都名。都市の人口は3万3000(1996)。フライブルクFreiburgとも呼ばれる。1157年ツェーリンゲン家によってスイス西部,サリーヌ河岸に都市が建設され,後に領域支配を貫徹して都市国家を形成した。1481年スイス盟約者団と同盟し,一貫してカトリックの立場をとった。1889年創設の大学はカトリック神学の本山といえる。チーズ,ビールなどの食品工業や金属工業が栄え,後期ゴシック様式のサン・ニコラ大聖堂ほか古い建築物も多い。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

フリブール
ふりぶーる
Fribourg

スイス西部、フリブール州の州都。人口3万2096(2001)。ドイツ語名フライブルクFreiburg。町の創設以来、フランス語地域とドイツ語地域の境界がこの町を通り、市民の約4分の1はドイツ語を話す。サリーヌ川に臨む要塞(ようさい)都市として、すでに1157年に立地し、スイスのなかでも古都のおもかげをよくとどめている町である。18世紀からの醸造業に加えて、現在は食料品、アルミニウム、電気機器、写真化学、紙製品などの工業が盛んである。この町は工業の中心以上にカトリックの国内の中心であり、これと関係の深い総合大学(1889開設)の所在地で、とくにその神学部(1580創設)は世界的に有名である。また、1283年に建設が始まったサン・ニコラ大聖堂はゴシック様式の傑作として一見の価値がある。
 フリブール州は面積1671平方キロメートル、人口23万9100(2001)。スイスの典型的な酪農地域で、グリュイエールのチーズが有名である。[前島郁雄]

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