チーズ(読み)ちーず(英語表記)cheese

翻訳|cheese

日本大百科全書(ニッポニカ) 「チーズ」の意味・わかりやすい解説

チーズ
ちーず
cheese

乳に凝乳酵素や有機酸を加えるか、または加熱して乳中のタンパク質を凝固させたのち、布などで水分(ホエイwheyまたは乳清という。乳糖、灰分および少量のタンパク質を含む白濁した帯黄色の液体)を除去したもの。ホエイを除去したのちのタンパク質を主成分とする凝固物をカードcurdとよび、原料乳の成分によって組成が変化する。脱脂乳からつくられたものを脱脂チーズ、同様に全乳からは全脂チーズ、クリームからはクリームチーズとよぶが、これらの組成上の差はカード中の乳脂肪含量の差である。チーズはナチュラルチーズプロセスチーズに大別される。ナチュラルチーズは、カードを新鮮なまま食用に供するものから、1年以上も発酵、熟成の期間を要するものなど多種類にわたるが、一般に製造工程で加熱処理を行わず、チーズ中に乳酸菌や酵素がそのまま残っているものをいう。一方ナチュラルチーズの種類や熟成度の異なるものを配合、加熱溶解して成型したものをプロセスチーズという。保存性の高い均一な品質が得られやすく、工業生産が可能なので、アメリカ、日本でとくに発達した。

 チーズという英語はラテン語のcāseusに由来し、ドイツ語のケーゼKäse、イタリア語のカシオcacioも同語源である。またフランス語のフロマージュfromageもラテン語のforma(形づくる)によるといわれる。しかし、元来のチーズの原産地は西南アジアと考えられ、レンネット酵素(ウシやヒツジなどの胃から抽出した凝乳酵素)の発見以来、乳酸発酵とそれを併用する製法がおもに西欧に伝わり、旧来の酸凝固型のものに加え、多くの品種を生んだ。一方、東はモンゴルに至る広い内陸一帯にも、古くから酸凝固型や加熱濃縮型などの製法のチーズが存在し、インドでは、宗教的な理由から動物性の凝乳酵素は忌避され、柑橘(かんきつ)類の果汁や工業的には乳酸、クエン酸などが用いられている。

[新沼杏二・和仁皓明]

歴史

搾りたての乳をそのまま放置しておくと、自然に乳酸菌発酵をおこしながら脂肪が上層に浮上し、その下にタンパク質(とくにカゼイン)が乳酸で凝固したカードと、ホエイの3層に分かれる。したがって、人類は家畜の乳を利用し始めた初期の段階から、バターやカードは容易に得ることができたと考えられ、その保存にはまず単純な加熱や乾燥、加塩などの方法がとられたに違いなく、現在の内陸一帯の遊牧民のチーズも、脱脂酸乳を加熱して得たカードに塩を加えて手で握るなどして、それを天日で風干しにしたものが多い。

 紀元前3000年ごろのメソポタミアの粘土板文書にある記録をはじめ、同じころのオリエント一帯の遺跡から、小さな穴がたくさんあるチーズ製造用の漉(こ)し器と考えられる土器が多数出土しているほか、スイスの湖上住居文化遺跡からもその木製品が出土しているというから、酸凝固型のチーズはさらに広い地域に古くからあったことが考えられる。ウシやヒツジの胃袋のレンネット酵素の発見の時期は不明だが、比較的後代のことのようで、考古学的には前900年ごろのカフカスコーカサス)のウラルトゥ王国の城の台所から、ヒツジの胃袋の切れ端や穀類、干しぶどうなどの酵母が入った土器が出土している。それらの製法はバルカン半島、多島海を経てヨーロッパに伝わり、ローマ帝国の発展とともに南からゲルマン民族へとしだいに広く伝播(でんぱ)したものと考えられている。

 チーズは、原料乳(ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ラクダ、トナカイなどの乳)や風土、製法などの違いによって世界各地に多くの品種を生み出し、その数は600種とも800種ともいわれる。たとえばモンゴルでは五畜(ウシ、ヒツジ、ヤギ、ウマ、ラクダ)の乳からクリーミーなものや干した脱脂チーズをつくり、フランスではウシやヤギやヒツジの乳から300種もの風味の違ったチーズをつくっている。西欧のチーズ作りの技術は、ワインやビールの醸造とともに中世の修道院の力に負うところが多く、チーズの場合はとくにシトー修道会(俗称トラピスト)が果たした役割が大きい。工業的生産は1851年にジョージ・ウィリアムズがアメリカのニューヨーク州で小規模なチェダーチーズの工場をつくってからのことで、70年ころデンマークのハンセンが精製レンネットを市販するようになってから、20世紀初頭にかけて工場生産が普及した。プロセスチーズは1904年にアメリカでクラフトが製造を開始し、16年にチーズを加熱溶解して成型する製法に特許が成立した。

 日本では奈良時代に中国から酪(らく)や酥(そ)、醍醐(だいご)などという唐代の乳製品のことが伝わり、なかでも酥が天皇家や貴族たちの間で用いられた記録が残っているが、それは加熱濃縮型のインドのコアkhoaに似た製法を思わせる。江戸時代に至り徳川8代将軍吉宗(よしむね)が千葉の嶺岡(みねおか)牧場(鴨川(かもがわ)市)でつくった「白牛酪(はくぎゅうらく)」というものも、同じ製法のものを小さな型詰めにして乾燥したもののようだが、いずれも広い意味のアジア型のチーズの一種と考えられる。レンネット酵素を用いる西欧型のチーズがわが国でつくられたのは、1875年(明治8)北海道函館(はこだて)郊外七重(ななえ)の開拓庁勧業試験場で、アメリカ人ダンの指導により試作されたのが最初で、民間では1900年(明治33)に函館近郊湯の川のトラピスト修道院が初めてつくっている。その後1933年(昭和8)、現在の千歳(ちとせ)空港に近い早来(はやきた)町遠浅(とあさ)(現安平(あびら)町)で北海道酪連(現雪印乳業)の工業的生産が始まったが、わが国ではチーズの食習慣が普及せず、流通段階で保存性の高いプロセスチーズの生産消費が先行した。しかし第二次世界大戦後、食生活の洋風化が急速に進み、プロセスチーズに加えてナチュラルチーズの嗜好(しこう)も増大して、今日では国内生産より輸入量が上回るまでになっている。

[新沼杏二・和仁皓明]

分類と名称

世界各国のチーズの種類は、アメリカ農務省の報告によれば800種類を下らないといわれ、各種の分類方法が提案されている。製法や物性上の分類基準としては、凝乳方法(酵素法、酸凝固、加熱凝固)、原料乳の種類(牛乳、山羊(やぎ)乳など)、原料脂肪率(クリーム、全脂乳、脱脂乳)、熟成方法(非熟成、細菌熟成、カビ熟成など)、チーズの硬さ(軟質、硬質など)の基準が多く用いられる。欧米のチーズでは、硬さ、熟成方法、脂肪含量で分類することが一般的で、チーズの風味、テクスチュア(組織)、外観特徴の目安としている。

 チーズはまた種類によって固有の名称をもっているが、たとえば国名をつけられているものとしては、スイス(スイス)、ソビエトスキー(旧ソ連)があり、地方名のもののエメンタール(スイス)、マンステール(フランス)、マンチェゴ(スペイン)などから、町村名のカマンベール(フランス)、ゴーダ(オランダ)、パルミジャーノ・レッジャーノ(パルメザンは英訳名)(イタリア)、チェダー(イギリス)などが多いのは、わが国のみその命名由来に似ている。原料名からペコリーノ・ロマーノ(羊乳、イタリア)、外観からブルーチーズ(各国共通)、ボーラ(球形、スペイン)、グラナ(粉粒、イタリア)などの名があり、ポール・デュ・サリュー(フランス)やトラピスト(ポーランド)のように修道院名のものも多い。

[新沼杏二・和仁皓明]

製法

チーズの製法は各種各様であるが、レンネット酵素凝固系ゴーダチーズの家内工業的製法を簡略に述べる。

(1)30℃程度に加熱した原料乳に乳酸菌とレンネット酵素を加えてタンパク質を凝固させる(カード形成)。

(2)カードを細かく切断し、さらに加温してカードを収縮させたのち、ホエイ(乳清ともいう水分)を排除する。

(3)残ったカードを型枠に詰め、圧搾してさらにホエイを除去する。

(4)型枠で成型されたカードを食塩水に浸漬(しんし)して塩味をつける。

(5)15℃前後の室温で数か月の熟成を行う。この熟成の期間に、カードに残っている乳酸菌の酵素によってタンパク質や脂肪が分解され、チーズ特有の風味がつくられる。

 これらの各段階の製造条件とその組合せによって多種類のチーズができる。たとえば、カテージチーズは(2)の段階で食用に供され、カマンベールチーズは(3)の段階で白カビの胞子を表面にまぶしつけて熟成させる。ロックフォールチーズ(ブルーチーズ)は、(2)のあと青カビの胞子をカードに混合し加塩成型したのち、通気孔をあけて熟成する。超硬質のパルメザンチーズの場合はとくに(5)の熟成期間が長く、乾燥させながら1年以上も熟成を続ける。

[新沼杏二・和仁皓明]

栄養と消費

チーズは、製法の違いや熟成期間の長短、保存条件などで、同一品種でも成分組成に相当な開きがみられるが、チーズには牛乳中のタンパク質(とくにカゼイン)と脂肪のほとんどが移行していて、しかも乳酸菌などの酵素によって消化吸収されやすい状態になっていること、およびカルシウムの含有量が多く、かつカゼインと結合していて吸収されやすい形になっていること、さらにビタミンA、B2の含有量も多いので非常に栄養価の高い食品になっている。日本における生産消費は第二次世界大戦以降急速に増加し、食生活のなかにいちおう定着したとみられるが、嗜好品や流行食品の域を出ていない面もあり、欧米諸国に比べると消費量は格段と少ない。

 チーズはもともと自然条件の下で、家畜の乳の保存食品として発達してきたものなので、西欧では熟成期間の短い多くの軟質チーズは季節食品の風情をもっていたが、設備が近代化したいまでは、大部分がその姿を失った年間商品になっている。しかし、チーズとパンにワインかビールが庶民の最低の食生活を支えていることはいまも変わりなく、イギリスの街道筋のパブで出るプラウマンズ・ランチ(耕す人の昼食)というのは、パンにたばこ一つほどのチェダーチーズとビール1杯である。現在のようにレストランのデザートにチーズが出るようになったのも、むしろ第一次世界大戦後の風潮といってよく、それは、食後にもう一度パンとチーズで満足したい、気楽な市民の日ごろの習慣にこたえたもので、貴族の食卓の遺風ではない。スイスの名物料理フォンデュは、なにもない夏のチーズ作りの山小屋暮らしや冬ごもりの夕餉(ゆうげ)の、チーズとワインとパンだけで済ませるつましい食卓であり、ローマ名物のチーズケーキ(タルタ・リコッタ)に使われるリコッタというフレッシュチーズは、ペコリーノ・ロマーノという羊乳チーズのホエイに残っている、わずかなタンパク質(アルブミン)を利用して再製した、残り物のチーズである。

 西欧の牧畜民族の乳への執着も、内陸の遊牧民のそれと変わらぬ生命保持の大前提で、青草のある夏の硬質チーズ作りは、冬越しの塩蔵や薫製肉類の手作りと同じで、それは翌年の子牛が食べられる初夏までの「白い肉」の役割を果たしてきた。魚類や肉類が高くなりつつあるわが国の現状においては、その栄養価と価格の面から、改めてチーズを見直す視点が求められている。

[新沼杏二・和仁皓明]

『ロベール・クルティーヌ著、松木脩司訳『ラルース・チーズ辞典』(1979・三洋出版貿易)』『中江利孝著『世界のチーズ要覧』(1982・三洋出版貿易)』『新沼杏二著『チーズの話』(1983・新潮社)』

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チーズ(ゴルゴンゾーラ)

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チーズ(スティルトン)

チーズ(タレッジョ)

チーズ(チェダー)

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チーズ(バノン)

チーズ(バランセ)

チーズ(パルミジャーノ・レッジャーノ)

チーズ(フェタ)

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チーズ(フルム・ダンベール)

チーズ(フルール・デュ・マキ)

チーズ(ペコリーノ・トスカーノ)

チーズ(ペコリーノ・ロマーノ)

チーズ(ボーフォール)

チーズ(ポン・レべック)

チーズ(マスカルポーネ)

チーズ(マリボー)

チーズ(マンステール)

チーズ(マンチェゴ)

チーズ(ミモレット)

チーズ(モッツァレラ)

チーズ(ラクレット)

チーズ(リコッタ)

チーズ(ロックフォール)

プロセスチーズ(カートンタイプ)

酵素凝乳系チーズの一般分類

ゴーダチーズの製造工程


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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「チーズ」の意味・わかりやすい解説

チーズ
cheese

乳製品の一つで,動物の乳にスターター (乳酸菌の元種) を加えて酸をつくらせ,次に消化酵素のレンネットを加えて凝固させ,多くの場合はこれに加塩し,微生物によって発酵,熟成させたもの。種類はきわめて多く,原料乳,製造法,硬さなどにより,軟質チーズ,半硬質チーズ,硬質チーズ,プロセスチーズに大別される。代表的なものとして,軟質チーズには,熟成していないものにカテージチーズ,クリームチーズ,細菌によって熟成したものにリンブルガーチーズ,かびによったものにカマンベールチーズがあり,半硬質チーズには,細菌によって熟成したものにブリックチーズ,かびによったものにロックフォールチーズ,ブルーチーズ,ゴルゴンゾラチーズなどが,硬質チーズには,ガス孔のないものにチェダーチーズがあり,ガス孔のあるものとしてエメンタールチーズが有名である。プロセスチーズは1種類ないしは2種類以上のナチュラルチーズ (加工していないチーズ) を粉砕して混合し,これに乳化剤を加えて加熱溶解して成形したもので,初めは不良チーズの再生法として発達したもの。

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