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フンボルト Humboldt, Alexander von

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

フンボルト
Humboldt, Alexander von

[生]1769.9.14. ベルリン
[没]1859.5.6. ベルリン
ドイツの博物学者,探検家,地理学者。近代科学としての地球科学,生態学,地理学の基礎をつくった。言語学者であった W.フンボルトの弟。ゲッティンゲン大学,フライブルク鉱山大学に学び,1792~97年にフランケン侯国の鉱山事務局長。オーストリア,ババリアの塩鉱地域,ウィーン,北イタリア,スイスなどを旅行。 99~1804年にスペイン王室の援助を受けて中央アメリカ,南アメリカ北部を調査。 08年にパリに定住,著述に専心した。 27年にベルリンに戻り,29年ロシア皇帝の招きで,ウラル,アルタイ,イリ地方を探検,晩年は国際磁気観測学会を創設した。主著に『コスモス』 Kosmos (5巻,1845~62) がある。

フンボルト
Humboldt, (Karl) Wilhelm, Freiherr von

[生]1767.6.22. ポツダム
[没]1835.4.8. テーゲル
ドイツの言語学者,外交官。 A.フンボルトの兄。ベルリン,ゲッティンゲン,イェナの各大学に学び,ゲーテ,シラーと親交を結んだ。世界の多数の言語を研究,各民族の言語と世界観との間に表裏一体の関係を認めるその言語観は後世に大きな影響を与えた。外交官としては 1802~08年ローマ駐在大使をつとめ,のち文相。ウィーン会議のプロシア代表をもつとめた。ベルリン大学 (現フンボルト大学) を創設したことでも知られる。晩年は政界を引退し,比較言語学の研究に専念した。主著は死後公刊の『ジャワ島のカウィ語について』 Über die Kawisprache auf der Insel Java (3巻,1836~40) 。

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デジタル大辞泉の解説

フンボルト(Humboldt)

(Karl Wilhelm von ~)[1767~1835]ドイツの政治家・人文主義学者。ベルリン大学創設者の一人。プロイセンの公使としてドイツ統一に寄与。また、シラーゲーテなどとも親交を結んだ。のち、言語学・歴史哲学の著述に専念、国語は民族精神の表現であるとする言語哲学を唱えた。著「ジャワ島におけるカビ語について」「歴史家の使命について」など。
(Alexander von ~)[1769~1859]ドイツの地理学者。の弟。近代地理学の創設者の一人。世界各地を旅行。植物生態と環境との関係に注目し、植物生態学・自然地理学の基礎を確立した。著「コスモス(宇宙)」など。

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百科事典マイペディアの解説

フンボルト

ドイツの地理学者。リッターと並び近代地理学の基礎を築いた一人。植物,動物,天文,鉱物などの分野でも業績を残した。フランクフルト,ベルリン,ゲッティンゲンの諸大学,フライベルクの鉱山専門学校で学ぶ。
→関連項目オリノコ[川]自然地理学

フンボルト

ドイツの言語学者,文芸評論家。ゲーテ,シラーの友人。言語類型論および言語哲学の先駆者で,民族語と民族の精神のつながりを強調した。プロイセン改革では文部大臣としてベルリン大学(1810年,現フンボルト大学)の設立に尽力するなど政治にも関係したが,理想主義に徹したため,1819年以後は下野。
→関連項目ベルリン大学

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世界大百科事典 第2版の解説

フンボルト【Alexander von Humboldt】

1769‐1859
ドイツ(プロイセン)の自然学者,科学的探検家。地理学や生態学の父と仰がれ,火山学,地震学気候学海洋学などの発展にも貢献。K.W.vonフンボルトの弟。ベルリンに生まれ,フランクフルト・アン・デル・オーデルとゲッティンゲンの両大学で植物学地質学など主として自然諸科学を修め,鉱山監督官となったが,まもなく辞任。コロンブスにならって新大陸の科学的再発見を志し,1799‐1804年,植物学者のエーメ・ボンプランAimé Bonpland(1773‐1858)とともにベネズエラ,ブラジル,エクアドル,メキシコなどを科学的に調査。

フンボルト【Karl Wilhelm von Humboldt】

1767‐1835
ドイツの政治家,言語学者。プロイセンの外交官としてウィーン会議など数々の重要な会議に参加,また大臣としてベルリン大学を開設した。自然科学者・地理学者A.vonフンボルトの兄。シラーやゲーテをはじめ当時の文化人の多くと交際があり,余暇はすべて言語の研究にささげた。バスク語,インド語の文法を研究し,ギリシア語の翻訳をしたほか,アメリカ大陸の諸言語についての数多くの論文や文献が死後に残されている。主著は《ジャワ島のカビ語についてÜber die Kawisprache auf der Insel Jawa》(1836‐40)。

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大辞林 第三版の解説

フンボルト【Humboldt】

〔Alexander von H.〕 (1769~1859) ドイツの地理学者。の弟。中南米・シベリアなどを調査旅行し、気候・動植物・地形・地質などに新知見を加え、近代地理学の基礎を築いた。著「コスモス(宇宙)」など。
〔Wilhelm von H.〕 (1767~1835) ドイツの政治家・言語学者。プロイセンの文部大臣としてベルリン大学を創設。ジャワ島・北アメリカなど世界各地の言語を研究、言語と民族性の強い結びつきを説く言語哲学を樹立した。主著「ジャワ島におけるカウィ語について」

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内のフンボルトの言及

【クレレ】より

…これらの雑誌に才能ある青年学者たちの寄稿を私心なく呼びかけ,N.H.アーベル,C.G.J.ヤコビ,シュタイナーJacob Steiner(1796‐1863)らの才能を世に認知させる役割を果たした。フンボルトF.W.H.A.von Humboldt(1769‐1859)と共同して,プロイセン改革期の科学振興に尽力し,ベルリン科学アカデミーほか,数多くの各国科学アカデミー会員に選出された。【佐々木 力】。…

【オリノコ[川]】より

…1498年コロンブスの第3次航海の際オリノコ河口が発見され,1560年エル・ドラドをめざしたスペイン人コンキスタドール,ロペ・デ・アギレが川の大部分を探検したとされる。その後1799年にはドイツの博物学者アレクサンダー・フォン・フンボルトが上流域を調査し,アマゾン川との連絡点を発見したが,源流域が突き止められたのは1950年代になってからである。中・下流域は冬季には北東貿易風の影響で著しく乾燥するが,夏季には多量の雨が降る。…

【相観】より

…主として植物群落の優占種の生活形によって決められ,植物群落の分類にも用いられる。19世紀初頭,植物地理学者のA.vonフンボルトにより最初に提唱され,そこでは,ヤシ形,バナナ形,サボテン形などの19の植生を特徴づける生活形区分が行われ,それによって特徴づけられる植生が群系formationと呼ばれた。その後,さまざまの生活形分類が試みられ,また群落優占種の生活形以外に,群落の密度,高さ,複雑さ,季節性,色合いなどが相観の決定にかかわっているため,相観の類別やそれに基づく群系分類の統一的体系は現在でも確立していない。…

【地理学】より

…このほか,ビュアシュP.Buache(1700‐73)やガッテラーJ.C.Gatterer(1727‐99)による自然地理的地域区分の提唱,ビュシングA.F.Büsching(1724‐93)の世界地誌,J.G.vonヘルダーの歴史哲学的著書などは,それぞれ近代地理学の成立に影響を与えた。 19世紀の前半は,A.vonフンボルトとK.リッターによって代表される近代地理学の草創期である。フンボルトは,熱帯アメリカにおいて科学的な野外調査の模範を示し,自然現象の専門的観測調査の成果を総合して,生きた自然世界の全体像を把握しようと努め,ライフワーク《コスモス》を著した。…

【チンボラソ[山]】より

…雪線高度は約4800m。1802年A.フンボルトによって科学的調査と登山が試みられた。80年にはイギリスのE.ウィンパーが山頂に達している。…

【天然記念物】より

…とくに,その国土または郷土だけにみられる動物,植物,地形地質やその集合体,あるいはその存在や生息の領域などのうち,その地域の特徴となって科学的,景観的,歴史的に価値が高いと認められ,その保存,保護を国や自治体から指定されたもの。 天然記念物ということばを初めて用いたのはA.vonフンボルトであるという。フンボルトは1799年から1804年にかけて赤道アメリカの各地を探検して歩いた。…

【肥料】より

…いわゆる販売肥料の普及である。19世紀初頭の1802年ころにはA.vonフンボルトによって,南アメリカのペルーで多量の海鳥糞の堆積物が発見され,ペルー・グアノとして輸入され広く販売されるようになった。30年ころからは,そのころチリで発見されたチリ硝石の販売,使用が行われている。…

【フォルスター】より

…その影響は近代地理学の成立期にとくに目だつ。A.vonフンボルトは,90年,マインツからオランダ,イギリスへ旅行したゲオルクに同行して感銘をうけた。ゲオルクの《ニーダーラインの展望》をはじめ自然的世界誌ともいうべき諸著は,フンボルトの《コスモス》の先蹤となる。…

【ボリーバル】より

…03年再びマドリードに行き,そこからさらにパリを訪れた彼は,ナポレオンが皇帝になったのを見て革命の理念を裏切ったものとして強い幻滅を感じた。パリで当時中南米の旅行から帰ったA.vonフンボルトに会い,イスパノ・アメリカ植民地の独立の機が熟していると伝えられた。その後イタリアの各地を訪れてローマに行き,そこでイスパノ・アメリカの独立に身をささげる決意をして07年にカラカスに戻った。…

【プロイセン】より

…これらの改革は,あくまで君主制の枠内で,諸大臣の責任に基づいて行われた〈上からの革命〉であったが,これによって旧来の身分制度が原理的に否定され,経済の自由化への道が開かれたことの意義は大きい。またそれと並んで行われたシャルンホルストらの軍制改革,K.W.vonフンボルトによる教育改革も,近代的な国民意識の育成を促すこととなった。ナポレオンに対する解放戦争でプロイセンが主役を演ずることができたのは,こうした改革のたまものである。…

※「フンボルト」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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