改訂新版 世界大百科事典 「言語類型論」の意味・わかりやすい解説
言語類型論 (げんごるいけいろん)
言語分類の方法の一つ。何千といわれる世界中の言語を分類するおもな方法には,(1)系統的,(2)地理的,(3)類型論的分類,の3種類がある。(1)は同一の源となる言語(祖語)から分岐したか否かを基準とするいわゆる言語系統論の分類で,それによりインド・ヨーロッパ語族,セム語族などといった語族分けが行われる。(2)は言語の地理的分布に基づく分類で,系統とは無関係に特定の地域に行われる言語を一グループとしてまとめるものであり,バルカン言語圏などもこの分類に属する。それに対して(3)の類型論の立場は,特定の系統・地域・時代にかかわりなく言語の構造のみに着目し,種々の言語的特徴に関してその有無,有るならばその有り方に従って,言語をいくつかのタイプ(類型)に分類しようとする。したがって取り上げる特徴いかんによって同一の言語がさまざまに分類され得るし,同じ言語でも時代相により別様に分類されることもあるわけである。
古典的類型論
最も古典的でよく知られているのは,形態論的特徴を基準にした分類である。これは代表的には,単語の語構造に注目して,すべての言語を孤立語,膠着語,屈折語,抱合語の四つのタイプに分類する考えで,19世紀にさかのぼる。その後さらにこれを精密化する試みもなされてきた。しかしながら,多くの言語は複数のタイプの特徴をさまざまな程度に併せもっているのであり,それを無理にどれか一つのタイプに押し込めるのは,言語の実際の姿を無視してしまうことになるし,唯一つの特徴で全体を区分しようというのはそもそも無謀でもある(なお,このことに関しては〈孤立語〉の項で具体例をあげて説明したので,そちらも参照されたい)。
現代の類型論
研究される言語の数が飛躍的に増大し,研究水準も上昇するにつれて,類型論は近年大きな広がりと深まりをみせており,音韻,形態,統語,意味のあらゆる分野にわたって多くの成果が得られている。そこにおいてはいろいろな特徴を個別的に取り出すだけでなく,それらが互いにどのような関連をもつかを明らかにしようとする姿勢がみられる。さらに最も大きな特色として,言語の普遍性解明への指向をあげることができる。つまり単にどんなタイプに分けられるかだけを課題とするのではなく,多様性の中にどのような傾向を認めることが可能か,さらにはそこに人間言語のもつ普遍性を求められはしないかという関心を強くもっているのである。
こうした立場の研究の中で,例えば音韻については母音体系の研究から,口母音と鼻母音の間に,後者の存在は前者の存在を前提とするという含意法則implicational lawの成立することが明らかになった。つまり口母音だけをもつ言語はあるが,鼻母音しかもたない言語は存在せず,また両者をもつ場合には,必ず口母音の数の方が多いことが知られている。また意味分野では色彩名称を多数の言語について研究することによって,言語のもつ基本的色彩語は2語から11語の間であり,もしある言語が二つの基本的色彩語をもつならば,それは黒と白であり,また3語ならばそれに赤が付け加わる,というように,2語から11語の進化には一定のルールがあるとの主張もなされている(〈色〉[色彩語彙]の項も参照)。こうした中で現在最も著しい進展を見せているのは統語論(シンタクス)の分野であり,語順,格標示,使役文,関係節化といった特徴に関して多くの成果が得られてきている。例えば語順については目的語(O)と動詞(Ⅴ)がOVという順序をもつ言語では名詞+後置詞,形容詞+名詞,本動詞+助動詞というパターンが見られるのに対して,VO言語では逆に前置詞+名詞,名詞+形容詞,助動詞+本動詞のパターンであることが指摘されている。また関係節化の研究から,関係節化のされやすさに関して主語>直接目的語>間接目的語>副詞的目的語という階層関係の存在することが明らかにされている。これらはタイプを問題にするだけでなく,そこから再び全体を見渡してどのような一般化,普遍化がなされるかを考慮することにより得られた成果である。
先に言語類型論と言語系統論はまったく異なった原理に立つと述べたし,従来系統論で類型論的特徴を重視することの危険性が説かれてきた。これは基本的な態度としてなお堅持されるべきではあるが,特に祖語にどのような構造を再建するかにあたっては,近年の類型論の成果を十分ふまえることがむしろ重要になってきている。
執筆者:柘植 洋一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報