地理学の一分科。地理学は地球表面に生起する自然や人文現象の一般的・原理的研究を行う系統地理学と、個々の地域研究を行う地誌学とに分類されるが、自然地理学は人文地理学とともに前者に属する。
[市川正巳]
自然地理学は、地球上に生起する自然現象を、その分布・配置関係や現象相互の関係などから考察する科学で、19~20世紀にこの面で多くの重要な貢献をしてきた。地球表面は、大気圏・岩石圏・水圏が接触する場で、これらの2圏あるいは3圏が互いに接触して、複雑な自然現象がおこる。たとえば、大気圏と岩石圏が接触して、岩石の表面が大気の温度(気温)の変化によって崩壊して細分化され、土壌を生成する風化現象をもたらす。これにさらに水圏の作用が加わり、岩石が融解凍結によって風化されて土壌生成を促進する。大気現象によって降雨(雪など)があって山地の表面が侵食されて河川が生じ、物質を侵食し、それを運搬してエネルギーが消耗すると物質を沈殿し堆積(たいせき)させる。このように、地球表面に生起する自然現象は、現象そのものとしてもきわめて複雑であり、自然地理学では、これらの現象を対象として取り扱い、それらの現象の生起するプロセスや分布などを究明する。
[市川正巳]
自然地理学は、その取り扱う対象の種類によって、地形学、気候学、水文(すいもん)学(陸水学)、生物地理学、土壌地理学などに分類される。これらの各分野は、それぞれ独自の発達をしてきたのであるが、しかし、いずれもその対象は、地球上のある地域であることと、人間生活の自然的基礎としての自然環境の重要な要素を取り扱っていることである。たとえば、気候学では、大気現象の物理学である気象学と異なり、ある一定地域における大気現象の平均的状態を問題とし、人々の生活との関連に貢献できるよう研究されている。
水文学においても、その取り扱うものは陸地の水であるが、抽象されたH2Oとしての水ではなく、具体的な地域――関東地方、利根(とね)川流域など――の水を取り扱うところに、地理学、ひいては自然地理学の一分科となっているのである。
気候学は、とくに広範な地域システムを確立したハーバートソンA. J. Herbertson、マルトンヌE. de Martonne、ケッペンおよびソーンスウェートC. W. Thornthwaite(1899―1963)ら気候学者の功績によって著しく発達した。また、20世紀初頭に目覚ましい業績をあげて、近代科学としての地理学の基礎を確立したW・M・デービス、サリスベリーR. D. Salisbury、アトウッドW. W. Atwoodらはいずれも地形学者であるが、地理学者としても名声を博した。とくにデービスの侵食輪廻(りんね)説に挑戦したW・ペンクは、斜面発達の研究によってデービス流のアプローチと相対し、自然地理学とくに地形学の発達を促した。またマーブートC. F. Marbutは、19世紀に発達したロシアの土壌科学の概念を導入して、世界の土壌の地理的分布の説明に大きく寄与している。
[市川正巳]
地理学の中には地誌と一般地理学があり,一般地理学は自然地理学と人文地理学とに分けられる。自然地理学の目的は人間の居住地としての地表を対象として,人間生活に関係がある自然現象を記述することにある。自然地理学は古くは地文学とよばれたものに相当するが,T.H.ハクスリーがはじめて使用したフィジオグラフィーphysiographyという言葉もアメリカでは一時よく使われた。自然科学が十分に発達していない時代には天文,気象,海洋,火山,地震,地質などに関することも地文学の教科書に記載されていた。また経度,緯度,地図の投影法なども,数理地理学の名で,自然地理学の一分科とみなされることもある。気象学の分科では気候学が地理学にもっとも関係が深く,W.P.ケッペンの気候分類などは地理学の分野で最も広く利用された。海洋学に含まれる海洋誌も地理学にとって重要であるが,この部分を開拓する学者は少ない。水理学に含まれる分野では湖沼学,河川学など陸水学と総称されるものが重要で,この中には地下水の調査なども含まれている。生物学との関係も深く,とくに植物の生態・分布,植物帯の研究が重要である。地質学と自然地理学との関係は最も密接で,地理学者の中にも火山や地質構造にもとづく地表の形態を論じた人が多い。地質学と地理学の両方にまたがる地形学は19世紀末から急に発達して,地形学が自然地理学の最も重要な部分であるとみなされた時代もある。この状態は現在でもまだ幾分かつづき,ドイツ,オーストリア,フランスの地理学界では,F.vonリヒトホーフェン,A.ペンク,E.deマルトンヌらのすぐれた学者の影響でこの傾向が強い。アメリカでも一時W.M.デービスの影響で,地形学が主流を占めていた。
自然地理学の教科書として定評がある本は,ドイツではA.ズーパンの《自然地理学綱要》,フランスではマルトンヌの《自然地理学概論》,アメリカではA.N.ストレーラーの《自然地理学》などがある。自然地理学の主要な研究としては,スウェーデンのH.W.アールマンによる氷河の研究,フランスのマルトンヌ,オーフレールによる乾燥地域分布の調査,アメリカではN.M.フェンネマンによる地形区分や,A.K.ロベック,レーズによる地形の立体図式(ブロック・ダイヤグラム)による表示,ゴールズウェースによる気候分類,ドイツではペンクによる氷期の研究,メルツらによる大西洋の海洋学的調査,グラートマン,ワイベルによる植物地理の研究などがある。最近の研究としては,トロル,J.ビューデルを中心とする氷河周辺地域の研究,気候地形学の問題があげられる。
執筆者:辻村 太郎 日本の地理学界では,小川琢治,山崎直方が共に地質学から転じて地理学とくに地形学の開拓者となったが,日本の地形研究の基礎を固め隆盛を導いたのは辻村太郎であった。独特の浸食論を展開した三野(石川)与吉,応用地形学を提唱した多田文男をはじめ,岡山俊雄,渡辺光,村田貞蔵その他地形学者の数は多く,第2次大戦後はとくに研究分野の多面化と研究手段の飛躍的発達が目だつ。気候学者も多く,福井英一郎らによる日本の気候区の設定から,動気候学的研究,さらに地形その他の資料をも活用しての気候変動の研究なども,精力的に進められている。田中阿歌麿がはじめた湖沼学は吉村信吉に受け継がれ,陸水学会の創立となって河川の研究へと広がり,その後地下水の調査も盛んになった。国土地理院では,縮尺2万5000分の1の地形図で全国をカバーする宿願の大事業を完成し,多数の地理学者を動員した土地分類図も多方面の実際的要望に応えたが,コンピューター時代を迎えて,より確度の高い国土情報の中枢機関に脱皮しようとしている。
執筆者:佐藤 久
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…ふつう地理学は,系統地理学systematic geographyまたは一般地理学general geographyと,地域地理学regional geographyまたは地誌学,特殊地理学specific geographyとに大別される。 系統地理学は,自然地理学と人文地理学とに分けられる。系統地理学では,空間複合体の中から,たとえば地形,人口,農業,交通,都市などの要素または事象を抽象して分析するので,一国,大陸,世界全体にわたる分布形態,分布の粗密を図示したり,分類や比較研究を行いやすい。…
※「自然地理学」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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