コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

ブラッサイ ブラッサイ Brassaï

6件 の用語解説(ブラッサイの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ブラッサイ
ブラッサイ
Brassaï

[生]1899.9.9. ブラッソー
[没]1984.7.8. ニース
ハンガリー生れのフランスの代表的写真家,詩人,彫刻家。本名 Gyula Halász。ブラッサイという呼び名は生地に由来する。初め画家を志してブダペストベルリン美術学校に学んだが,1924年以来パリに住み,30年頃から写真家に転向。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

百科事典マイペディアの解説

ブラッサイ

フランスの写真家。ハンガリーのブラッソー(現ルーマニア)生れ。本名ギュラ・ハラース。ブダペストの美術学校,ベルリンの美術学校で学び,1922年に芸術修士号を取得。
→関連項目ドアノーブラント

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. ご提供する『百科事典マイペディア』は2010年5月に編集・制作したものです

世界大百科事典 第2版の解説

ブラッサイ【Brassai】

1899‐1984
フランスの写真家。本名はギュラ・ハラスGyula Halàsz。ルーマニア,トランシルバニア地方のブラッソー(当時はハンガリー領)という村に生まれ,ブラッサイの名はそれに由来する。ブダペストとベルリンで絵の勉強をし,1923年パリに出てくる。そこでジャーナリストの仕事につくが,同じハンガリー人の写真家ケルテスAndré Kertészとの出会いがブラッサイに写真への道をひらいた。ブラッサイはまず,パリの夜の姿にカメラを向け,写真集《夜のパリParis de Nuit》(1933)をまとめた。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大辞林 第三版の解説

ブラッサイ【Brassaï】

1899~1984) ハンガリー出身の写真家。1930年代のパリのデカダンスに満ちた情景を撮影、人気写真家となる。ピカソの友人で、その伝記も書く。

出典|三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ブラッサイ
ぶらっさい
Brassaii
(1899―1984)

ハンガリー出身のフランスの写真家。本名ギュラ・ハラシュGyula Halsz。トランシルバニアのブラッソ(現ルーマニア領)生まれ。ブダペストとベルリンで絵画を専攻したのち、1923年パリに出るが、それを機にブラッソ出身の男の意であるブラッサイを名のる。パリで同じくハンガリー出身のアンドレ・ケルテスに出会い、ジャーナリストの仕事と写真の基礎知識を授かり、絵画を放棄して新しい写真の美を求め、モンパルナスの夜の妖(あや)しい魅力を記録した写真集『夜のパリ』を33年に出版して一躍脚光を浴びた。第二次世界大戦でパリが占領されると、ナチスによって屋外撮影が禁止されたこともあって、絵画、彫刻、詩作と多彩な活動を続け、戦後はふたたび写真集『グラフィティ』(1956)でパリの壁の落書きを映像でまとめるかたわら、親交のあったピカソやヘンリー・ミラーのドキュメントをまとめ、貴重な時代の証言を後世に残した。ニースで没。[平木 収]
『ブラッサイ著、飯島耕一・大岡信訳『語るピカソ』(1968・みすず書房) ▽ブラッサイ著、飯島耕一・釜山健訳『作家の誕生 ヘンリー・ミラー』(1979・みすず書房)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

20世紀西洋人名事典の解説

ブラッサイ
Brassaï


1899 - 1984.8.8
フランスの写真家。
ハンガリー出身。
本名ギュラ・ハラス〈Gyula Halász〉。
ブラッサイはペンネームで「ブラッソーから来た男」の意。ブタペストとベルリンで絵画を専攻。1923年パリに出て芸術家のサークルに入り素描家、彫刻家として活躍。アンドレ・ケルテスと出会い写真へと転向。’33年モンパルナスの夜の妖しい魅力を記録した写真集「夜のパリ」で一躍注目を浴びる。第二次大戦中は絵画、彫刻、詩作と多彩に活動。戦後’56年パリの壁の落書き映像でまとめた「グラフティー」を出版。他にピカソとのドキュメンタリー「ピカソとの対話」(’64年)等の著書がある。

出典|日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)
(C) 1995 Nichigai Associates, Inc., All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブラッサイの関連キーワードケルテスウィージーカルティエブレッソン写真家フランス窓フリードランダーラスクフランス田原桂一ハナヤ勘兵衛レギュラースタンス

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone

ブラッサイの関連情報