ブラッサイ

百科事典マイペディア 「ブラッサイ」の意味・わかりやすい解説

ブラッサイ

フランスの写真家。ハンガリーのブラッソー(現ルーマニア)生れ。本名ギュラ・ハラース。ブダペスト美術学校ベルリンの美術学校で学び,1922年に芸術修士号を取得。1924年パリに移住。ピカソダリブラックらと交友を深めながら,絵画彫刻を制作した。1930年ケルテスとの出会いを機に写真を始め,《ミノトール》《ハーパーズ・バザー》《ベルブ》誌などを中心に写真を発表。1940年南フランスに移住するが,間もなくパリに戻り,ピカソのアトリエで作品撮影やインタビューを行う。これは後に《ピカソとの対話》(1964年)としてまとめられた。パリの街を詩情豊かに捉えた写真は,写真集《夜のパリ》(1933年),《パリの快楽》(1935年)などにおさめられた。戦後出版された写真集に,《1930年代の秘密のパリ》(1976年)がある。パリに没。
→関連項目ドアノーブラント

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改訂新版 世界大百科事典 「ブラッサイ」の意味・わかりやすい解説

ブラッサイ
Brassai
生没年:1899-1984

フランスの写真家。本名はギュラ・ハラスGyula Halàsz。ルーマニア,トランシルバニア地方のブラッソー(当時はハンガリー領)という村に生まれ,ブラッサイの名はそれに由来する。ブダペストとベルリンで絵の勉強をし,1923年パリに出てくる。そこでジャーナリストの仕事につくが,同じハンガリー人の写真家ケルテスAndré Kertészとの出会いがブラッサイに写真への道をひらいた。ブラッサイはまず,パリの夜の姿にカメラを向け,写真集《夜のパリParis de Nuit》(1933)をまとめた。それは場末のカフェや夜の公園など都市パリの闇の世界を記録したものであり,そこに生きる具体的な人間の生き生きとした姿を定着するとともに,同時に1920,30年代という激動の時代の断面を切りとるものにもなっている。第2次大戦後のブラッサイは,《ハーパース・バザー》などの雑誌にポートレートなどを発表したり,ピカソのすぐれたドキュメンタリー《ピカソとの対話》(1964)などを著している。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ブラッサイ」の意味・わかりやすい解説

ブラッサイ
ぶらっさい
Brassaii
(1899―1984)

ハンガリー出身のフランスの写真家。本名ギュラ・ハラシュGyula Halász。トランシルバニアのブラッソ(現ルーマニア領)生まれ。ブダペストとベルリンで絵画を専攻したのち、1923年パリに出るが、それを機にブラッソ出身の男の意であるブラッサイを名のる。パリで同じくハンガリー出身のアンドレ・ケルテスに出会い、ジャーナリストの仕事と写真の基礎知識を授かり、絵画を放棄して新しい写真の美を求め、モンパルナスの夜の妖(あや)しい魅力を記録した写真集『夜のパリ』を33年に出版して一躍脚光を浴びた。第二次世界大戦でパリが占領されると、ナチスによって屋外撮影が禁止されたこともあって、絵画、彫刻、詩作と多彩な活動を続け、戦後はふたたび写真集『グラフィティ』(1956)でパリの壁の落書きを映像でまとめるかたわら、親交のあったピカソやヘンリー・ミラーのドキュメントをまとめ、貴重な時代の証言を後世に残した。ニースで没。

[平木 収]

『ブラッサイ著、飯島耕一・大岡信訳『語るピカソ』(1968・みすず書房)』『ブラッサイ著、飯島耕一・釜山健訳『作家の誕生 ヘンリー・ミラー』(1979・みすず書房)』

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20世紀西洋人名事典 「ブラッサイ」の解説

ブラッサイ
Brassaï


1899 - 1984.8.8
フランスの写真家。
ハンガリー出身。
本名ギュラ・ハラス〈Gyula Halász〉。
ブラッサイはペンネームで「ブラッソーから来た男」の意。ブタペストとベルリンで絵画を専攻。1923年パリに出て芸術家のサークルに入り素描家、彫刻家として活躍。アンドレ・ケルテスと出会い写真へと転向。’33年モンパルナスの夜の妖しい魅力を記録した写真集「夜のパリ」で一躍注目を浴びる。第二次大戦中は絵画、彫刻、詩作と多彩に活動。戦後’56年パリの壁の落書き映像でまとめた「グラフティー」を出版。他にピカソとのドキュメンタリー「ピカソとの対話」(’64年)等の著書がある。

出典 日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)20世紀西洋人名事典について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ブラッサイ」の意味・わかりやすい解説

ブラッサイ
Brassaï

[生]1899.9.9. ブラッソー
[没]1984.7.8. ニース
ハンガリー生れのフランスの代表的写真家,詩人,彫刻家。本名 Gyula Halász。ブラッサイという呼び名は生地に由来する。初め画家を志してブダペストとベルリンの美術学校に学んだが,1924年以来パリに住み,30年頃から写真家に転向。 33年 P.モーランの詩を付した写真集『夜のパリ』を発表。第2次世界大戦後,作品集『ブラッサイ』 (1954) を出版,このほか写真による舞台装飾などを試みた。

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