イギリスの詩人,批評家。第1次大戦に従軍,復員後オックスフォード大学を卒業した。《牧歌》(1916),《羊飼い》(1922)などの詩集発表の後,1924年より27年まで東京大学客員教授として英文学を講じた。親日家であって,第2次大戦後,イギリス文化使節として再度来日(1947-50),香港大学教授時代(1953-64)もしばしば訪日した。死後,顕彰する記念像が東京大学図書館の壁に掲げられた。彼はオックスフォード大学講師や《タイムズ文芸付録》編集顧問を務めながら,多くの著書を公刊した。《大戦微韻》(1928)はすぐれた戦争文学であるが,本来の資質はイギリスの良き伝統に連なるこまやかで落ち着いた自然詩人である。代表的作品を自選した詩集に《長き歳月にわたりて》(1957)がある。C.ラムをはじめ,H.ボーン,S.T.コールリジ,W.コリンズ,そして同世代の戦争詩人W.オーエンなどの著作の編者として果たした役割も大きい。
執筆者:高橋 康也
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イギリスの詩人、批評家。ケント州に生まれる。1916年ロイヤル・サセックス連隊中尉として従軍。第一次世界大戦後オックスフォード大学に復帰し、学位を取得。24年から27年まで東京帝国大学英文学教授となる。第二次大戦後、47年から50年までイギリス文化使節としてふたたび来日し、各地で講演。53年から64年まで香港(ホンコン)大学の英文学教授。66年から68年までオックスフォード大学詩学教授となる。イギリスの伝統的な、田園風で優雅な叙情詩人たち、いわゆる「ジョージ朝詩人」の1人として出発。68年刊の詩集『真夜中のスケート滑り』の表題詩のように、哲学的陰影をもつ優れた瞑想(めいそう)詩もある。イギリスの詩人に関する評論や、詩集の編集も多く、とくにジョン・クレアの紹介やトマス・ハーディ再発見に貢献した。晩年はサフォーク州サドベリの北部ロングメルフォードの町に隠棲(いんせい)した。
[羽矢謙一]
『斎藤美洲編著『イギリス文学史序説』(1978・中教出版)』
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