2世紀のローマの作家アプレイウスの《黄金のろば》に語られる挿話〈クピドとプシュケー〉中の女主人公。その名は古代ギリシア語で〈魂〉の意。ある国の王の末娘のプシュケーは,あまりの美しさゆえに愛と美の女神ウェヌス(ビーナス)にねたまれ,女神の息子クピド(キューピッド)の手で卑しい男と結婚させられかかったが,かえってプシュケーに魅せられたクピドは彼女を人里はなれた宮殿に置き,みずからの素姓が知れぬよう,夜の間だけ訪れて彼女を愛した。しかしあるときプシュケーがひそかに用意した燭台の光で夫の寝姿を見てしまったため,クピドはその行為をなじって去る。プシュケーは夫を捜して各地をさまよううちウェヌスに捕らえられ,女神からさまざまの難題を課せられてあやうく死にかかったところを,折よくクピドに救われる。その後,二人はユピテルの取りなしでウェヌスに許され,めでたく正式の夫婦になったという。
普通名詞のプシュケーはもともと〈息を吐く〉という動詞に由来する語で,ホメロスの叙事詩では,死者の口や傷口から気息のように抜け出たプシュケーは,生前の姿そのままの亡霊となって冥界に下るとされているが,古典期になって,肉体と対立する神的存在としての霊魂が考えられるようになった。このような事情は,心や精神と関係する近代西欧語,たとえば英語psychology(心理学),psychiatry(精神医学)などの語に反映されている。ヘレニズム時代には,女性に擬人化されたプシュケーと愛の神エロス(ラテン語でクピドまたはアモル)の物語が詩や美術に好んで採り上げられた。アプレイウスが伝える物語は,そうした神話にお伽噺の要素を混じえたものである。
執筆者:水谷 智洋
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…その後ドイツ各地の大学講師などを経て,1886年からハイデルベルク大学教授になった。ニーチェに触発され,晩年の著作《プシュケー》(1890‐94)で原初的な霊魂崇拝の信仰とホメロスの叙事詩の神話世界との間の隔りを検討し,古代ギリシア宗教の深層を追究したことは広く知られている。しかしそれよりもむしろ,ローデは,《スイダス》の文学史記事の伝承を検討した諸論考(1878ほか)や,後期のギリシア文学に小説(ロマンス)という形式が成立してくる事情を考察した《ギリシア小説とその前身》(1876)などにより,詳細な資料の徹底的検討と明確な叙述を心がけた古典学者として評価が定まっている。…
…したがってその意義も,生理的実体をさす段階から形而上的な霊気をさす段階にいたるまで多様な展開をみせた。ギリシア語のプシュケー(魂,霊魂)はもと気息を意味した。またプネウマpneumaももと気息,風,空気を意味したが,のちには存在の原理とされるにいたった。…
…特異なものでは,フランスにおいて,背中にどくろの文様をもつオウシュウメンガタスズメの出現は凶兆とされ,19世紀フランスの詩人ネルバルの詩にもうたわれている。古代西洋には,死者の口から蛾(蝶)が出ていく絵やレリーフがあり,ギリシア語では蝶,蛾も人の魂もともにプシュケーと呼ばれる。ただし蝶や蛾を死者の魂とする考え方は,東南アジア,メラネシア,日本など世界各地にある。…
…一つの傾向は心を身体や物体との連続あるいは親和の関係でとらえ,他方はその間の非連続と対立関係を強調し,身体的・感覚的な存在次元を超える理性的な精神活動にもっぱら注目する。発生的な順序では第1の見方が古く,心あるいは魂に相当するギリシア語の〈プシュケーpsychē〉(ラテン語ではアニマanima)は,原義においては気息(息)を意味し,生きた人間の身体に宿ってこれを動かし,死に際してその身から離れ去る生気のごときものを指す言葉であった。しかしアテナイを中心とする古典期のギリシアでは,もうひとつ別の用法がすでに一般化している。…
…人間だけでなく万物にひそむとされるときはアニマanimaといわれる。また古代ギリシアでは,プシュケーという霊魂概念が知られている。このプシュケーやアニマはもと〈気息〉を意味したが,そこから,この目に見えない超自然的存在を生命の原理とする考えが発達し,やがてそれを神的実在とみなしたり,人格や精神の根元とする観念が生じた。…
※「プシュケー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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