プリモ・デ・リベラ(José Antonio Primo de Rivera y Sáenz de Heredia)(読み)ぷりもでりべら(英語表記)José Antonio Primo de Rivera y Sáenz de Heredia

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

プリモ・デ・リベラ(José Antonio Primo de Rivera y Sáenz de Heredia)
ぷりもでりべら
José Antonio Primo de Rivera y Sáenz de Heredia
(1903―1936)

スペインのファッショ運動団体、ファランヘ党(スペイン・ファランヘFalange Española)の創設者、指導者。アルフォンソ13世の親任を得て軍事独裁(1923~30)を行ったミゲル・プリモ・デ・リベラ将軍の長男に生まれたが、軍人への道を選ばず、マドリード大学法学部を経て弁護士を職とした。独裁政の崩壊、第二共和革命の成立(1931)に際し、これを阻止しえなかった旧体制支配層に不信を抱く一方、共和政下の社会的・政治的対立の激化に危機感を深め、1933年10月、既存の諸政体にかわる「有機的国家」の建設のスローガンを掲げてファランヘ党を結成した。その新国家論はきわめて抽象的、観念的で、「具体的改革を論ずるのは、大衆的血統の人間のすること」とした。すなわち、意識革命を担う思想運動(ファランヘ)とその思想を実践する政治運動を価値的、組織的に峻別(しゅんべつ)し、前者の優位を強調したため、1936年初頭まで彼の影響力は微小なものにとどまった。左翼活動家へのテロ活動を称揚したことから、1936年3月収監を受け、同年7月の内戦勃発(ぼっぱつ)に伴いアリカンテ市に移送されたのち、同市の人民法廷で共和国に対する反逆罪に問われ、同年11月銃殺刑に処せられた。

[山本 哲]

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