翻訳|Potsdam
ドイツ北東部,ブランデンブルク州の州都。人口12万8983(1999)。ベルリン南西部に隣接し,エルベ川の支流ハーフェル川に沿う工業・文化・観光都市。機械・車両製造・鉄鋼・電気・電子工業,合成繊維・食品工業のほか,旧東ドイツ唯一の映画会社デーファDEFAの撮影所,中央気象台,天文台,教育大学,さらに幹部公務員養成のための国家学・法律学アカデミー,映画芸術大学など教育・研究機関も多い。1411年以来自治都市として知られ,16世紀にはオランダ人織工,17世紀にはフランスからユグノーが移住定着した。ブランデンブルク選帝侯フリードリヒ・ウィルヘルム(大選帝侯)はここに兵営をおき,プロイセン国王フリードリヒ2世(大王)は離宮をかまえ,以後この町はプロイセン軍国主義の牙城となった。フリードリヒ2世のサンスーシ宮殿(1745-47)はドイツ・ロココ建築の代表作として知られる。1933年3月帝国宰相となったばかりのヒトラーはこの町のガルニゾン教会で国会を開き,軍国主義の伝統の継承を印象づけた。第2次大戦中,爆撃により破壊されたが,由緒ある建物の多くは戦火をまぬがれた。1945年7~8月トルーマン,チャーチル(途中でアトリーと交替),スターリンの連合国首脳がツェツィーリエンホーフ(旧プロイセン王家の屋敷)で会談し(ポツダム会談),ドイツ占領政策の大綱を定めたポツダム協定を締結し,また日本に対し無条件降伏を求めるポツダム宣言を発表した。
執筆者:下村 由一
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ドイツ北東部、ブランデンブルク州の州都。1949~90年は旧東ドイツに属した。ベルリンの南西端に隣接し、ハーフェル湖に面する。人口12万9300(2000)。17~18世紀にブランデンブルク選帝侯とプロイセン王の宮廷都市として発達し、18世紀なかばフリードリヒ大王の造営したロココ風のサンスーシ離宮とその庭園、イギリス風ゴシック様式のバーベルスベルク城など文化遺産が多い。
1805年の対ナポレオン戦(アウステルリッツの戦い)の和約の締結地で、1945年の第二次世界大戦終結に関するポツダム会談は、市内のチェチリエンホーフ宮殿で行われた。工業は、食品、織物、薬品、電気器具、車両などの製造が行われる。大学、天文台、地球物理観測所などがある。都心にはドームのあるニコラス教会(1830~37年、シンケルSchinkel作)などがあり、市東部にはヨーロッパのハリウッドといわれる「バーベルスベルク撮影所」がある。
[佐々木博]
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ベルリン南西郊外の都市。17世紀来ブランデンブルク選帝侯の離宮都市となり,特にフリードリヒ大王のサンスーシ宮殿は有名である。1945年7~8月,当地でドイツの戦後処理と対日終戦に関する米英ソ3国の首脳会談が開かれた。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
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