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マグリット Magritte, René (-Francois-Chislain)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マグリット
Magritte, René (-Francois-Chislain)

[生]1898.11.21. レッシーヌ
[没]1967.8.15. ブリュッセル
ベルギーの画家。 1916~18年ブリュッセルの美術学校に学ぶ。キュビスム未来派の影響を受けたのち,22年頃キリコの絵画を知り,シュルレアリスム風の絵をかく。 27~30年パリで詩人 A.ブルトン,P.エリュアールらと交わり,シュルレアリスム運動に参加。互いに孤立する現実的物体の結合,並置,変貌を通じて言葉とイメージの関係に新しい光を当て,新鮮な詩的イメージを創造。のちのポップ・アートにも多大な影響を及ぼした。帰国後は没するまでベルギーを離れなかった。主要作品は『眼』 (1935頃,ニューヨーク近代美術館) 。

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デジタル大辞泉の解説

マグリット(René Magritte)

[1898~1967]ベルギーのシュールレアリスムの画家。日常的事物やイメージを超現実的に組み合わせ、詩的な幻想空間を描いた。

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世界大百科事典 第2版の解説

マグリット【René Magritte】

1898‐1967
ベルギーの画家。P.デルボーとともに20世紀ベルギー絵画を代表する。ブリュッセルの西方,レシーヌ生れ。10歳ころから絵を始め,1916年から2年間ブリュッセルの美術学校に学ぶ。19年ころから未来主義やオルフィスムに強い関心を示し非象形的(ノン・フィギュラティフ)な絵画をめざすが,22年詩人ルコントMarcel Lecomteを通じて知ったキリコの《愛の歌》に衝撃をうけ,25年シュルレアリスムへ転ずる。

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大辞林 第三版の解説

マグリット【René Magritte】

1898~1967) ベルギーの画家。フランドル派風の写実主義の伝統を継承しつつシュールレアリスムに立ち、詩的な独自の幻想世界を描いた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

マグリット
まぐりっと
Ren Magritte
(1898―1967)

ベルギーの画家。11月21日エノー地方のレッシーヌに生まれる。ブリュッセルの美術学校に学び、キュビスム、未来派の影響を受けた作品を制作していたが、1922年デ・キリコの作品と出会いシュルレアリスムに転向。25年の『窓』にみられるような最初のシュルレアリスム風な作品を描く。26年ベルギーのシュルレアリスムのグループと「神秘協会」を結成し、翌年パリに出て、アンドレ・ブルトン、ポール・エリュアールらと親交を結び、29年シュルレアリスムの正式メンバーとなった。初期の作品には、事物の唐突な出会いを意図した「デペイズマン」dpaysementの手法が多くみられ、一見無関係と思える日常的なイメージを組み合わせ、あるいは超自然的な状況を設定することによって、斬新(ざんしん)な詩的・神秘的絵画空間を描出した。その後、ことばとイメージ、意味するものと意味されるものとの関係を追求した作品を制作したが、マグリットの主要なテーマ、手法は1930年代にほぼ出そろっており、一時期を除けばその後の本質的な変化はみられない。67年8月15日ブリュッセルで死去した。代表作に『アルンハイムの領土』(1960)などがある。[徳江庸行]
『A・ハマハー解説、高橋康也訳『マグリット』(1975・美術出版社) ▽小倉忠夫解説『現代世界美術全集22 アンソール/マグリット』(1974・集英社)』

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