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マトゥラー美術 マトゥラーびじゅつ

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百科事典マイペディアの解説

マトゥラー美術【マトゥラーびじゅつ】

インド北部,ウッタル・プラデーシュ州の都市マトゥラーを中心に,クシャーナ朝グプタ朝時代に栄えた美術。マトゥラーは古来ヒンドゥー教の聖地として栄えた所で,市内を流れるジャムナ川沿いに多数の寺院が並ぶ。
→関連項目雲岡石窟

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世界大百科事典 第2版の解説

マトゥラーびじゅつ【マトゥラー美術】

インド北部,ニューデリー南南東約140km,ヤムナー川右岸にある古都マトゥラーMathurāを中心として,古代,ことにクシャーナ朝時代とグプタ朝時代に最も隆盛であった石彫主体の美術で,インドで最も重要な流派の一つ。石材はごくわずかな例外を除いてすべて近郊のシークリーSīkrī産の黄白班のある赤色砂岩を用い,この独特の石質ゆえにマトゥラー作品であるか否かを容易に判定しうる。マトゥラーは東西通商路の要衝を占め,商業都市として繁栄したのみならず,仏教やジャイナ教が盛行し,ヒンドゥー教徒にとってはクリシュナの聖地とされる宗教都市でもあった。

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世界大百科事典内のマトゥラー美術の言及

【インド美術】より

…まず3世紀後期に形式化し衰退したマトゥラー彫刻は,5世紀初期に再び生気をとり戻し,洗練され円熟味のある仏像を生んだ。その眼は半ば閉じて落着きと威厳をそなえ,両肩を覆ってまとった衣は体に密着し,流麗な陽刻線によって全面に褶を表した(マトゥラー美術)。5世紀後期にはサールナートでもにわかに造像が盛んとなり,体に密着した衣には褶を表さず,若々しく温和な仏像が造られた。…

※「マトゥラー美術」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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