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マリア・クリスティナ マリア・クリスティナMaría Cristina

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

マリア・クリスティナ
マリア・クリスティナ
María Cristina

[生]1806.4.27. ナポリ
[没]1878.8.23. サンタドレス
スペインフェルナンド7世の妃。両シチリア王フランチェスコ1世の娘で 1829年フェルナンドと結婚。フェルナンド7世の没後,娘イサベル2世が即位すると,その摂政となった (1833~40) 。

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マリア・クリスティナ
マリア・クリスティナ
María Cristina

[生]1858.7.21. グロースゼーロウィッツ
[没]1929.2.6. マドリード
スペイン王アルフォンソ 12世の妃。オーストリア大公カルル・フェルディナントの娘。 1879年アルフォンソと結婚。アルフォンソ 12世の没後,息子アルフォンソ 13世の摂政となった (1866~1902) 。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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20世紀西洋人名事典の解説

マリア・クリスティナ
María Cristina


1858 - 1929
スペイン国籍。
スペイン王アルフォンソ十二世王妃。
オーストリア生まれ。
別名María Cristina de Habsburgo-Lorena。
幼時よりプラハの尼僧院で教育を受け、1879年に結婚。1885年王が夭逝時に、懐妊中で王子出生の場合その摂政となる位をもって「摂政女王」という変則的地位に就く。1886年王子出生により直ちにアルフォンソ13世として即位宣言がなされ、1902年同王の親政開始まで母后摂政を行う。深い知性と貞潔で宮廷内の信望を高めたが、行き詰まって、寡頭的、人為的二大政党制に立つ国家「カーノバス体制」の統治には消極的で王の教育に専念した。

出典|日外アソシエーツ「20世紀西洋人名事典」(1995年刊)
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