イギリスの古典派経済学者マルサスが主著《人口論》(初版1798)で主張した人口原理ないし人口政策のこと。マルサスの人口原理の骨子は,(1)人間の生存には食料が必要であること,(2)人間の情欲は不変であること,しかし(3)食料は算術級数的にしか増加しない(のちに〈収穫逓減の法則〉と呼ばれるに至ったもの)のに対し,人口は幾何級数的に増加すること,したがって(4)人口は絶えず食料増加の限界を超えて増加する傾向があること(なお,このようにして増加した人口は〈絶対的過剰人口〉と呼ばれ,マルクスの〈相対的過剰人口〉と区別される),(5)絶対的過剰人口はマルサスによって〈積極的抑制positive check〉と呼ばれた〈貧困と悪徳〉によって食料増加の限度内に抑圧される。このような人類の悲惨な過剰人口の宿命を論じた初版に対する学界の強い反対論に対し,マルサスは第2版(1803)において,〈道徳的あるいは予防的抑制〉の概念を導入した。道徳的抑制は結婚の延期を意味する。過剰人口は結婚の延期を通じての出生抑制により回避できる,とマルサスは考えたわけである。
このようなマルサスの人口原理を受け入れながらも,マルサスの提示した結婚の延期という道徳的抑制は現実には実行不可能であるとし,結婚の中での産児調節の必要性と可能性を主張したのが新マルサス主義neo-Malthusianismである。しかしマルサス自身は産児調節は考慮していなかったし,また宗教的背景から否定的態度であったことは当然である。この点において,産児調節を積極的にとりあげた社会運動家たちを,マルサスと区別して新マルサス主義者と呼ぶことは意味がある。新マルサス主義の用語がいつごろから使用されたかは明確でないが,1880年代初めころJ.M.ロバートソンが初めて使用したといわれる。この産児調節論を初めて積極的に展開したのはプレースFrancis Place(1771-1854)であるが,経済学者J.ミルおよびその子J.S.ミルによって産児調節の必要性が指摘されていることは注目すべきであろう。
→人口
執筆者:黒田 俊夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
本来はマルサスが『人口論』(1798)で説いた人口と食糧との関係に関する学説をいう。マルサスによれば、人口はいつも食糧の限度以上に増加しようとする。だがさまざまの障害があってそれは抑えられる。第一は人口の増加率と食糧の増加率との違いから生ずる食糧不足(終極的制限)、第二は流行病、戦争、極端な貧困、激しい労働のような人間の寿命を縮める諸要因(積極的制限)、および、結婚を控えるといった意識的行為(予防的制限)である。どの国でも第二の直接的制限のうちのいずれかが作用して人口増加を抑えるから、終極的制限が作用するのは飢饉(ききん)の際のみである。それでもなお、人口は食糧以上に増加しようとしており、これが下層諸階級の生活改善を妨げている。資本主義の下での労働者の貧困は、社会制度によるのではなく人口法則に基づいている。マルサスは、W・ゴドウィンらの社会改革論に反対するため、以上のような主張を展開した。以後、過剰人口の脅威を唱える思想をマルサス主義とよぶようになった。
マルサスに対する批判は、いち早くマルクス、エンゲルスによってなされたが、以後もマルサス主義論争は絶えることがない。F・オッペンハイマーは『マルサスおよび新国民経済学の人口法則』(1900)で、マルサスに続く予言的マルサス主義者としてラベンスタインErnst Georg Ravenstein、ワーグナーAdolf Heinrich Gotthilf Wagner、リューメリンGustav von Rümelinなどをあげ、批判した。第二次大戦後は、いわゆる発展途上国の人口激増に伴う重圧がマルサス的問題の最たるものと考えられている。
[皆川勇一]
『T・R・マルサス著、高野岩三郎・大内兵衛訳『初版 人口の原理』(岩波文庫)』▽『R・L・ミーク編、大島清・時永淑訳『マルクス、エンゲルス マルサス批判』(1955・法政大学出版局)』▽『南亮三郎・館稔編『マルサスと現代』(1966・勁草書房)』
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