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ムンク Munch, Edvard

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ムンク
Munch, Edvard

[生]1863.12.12. ロイテン近郊エンゲルハウゲン
[没]1944.1.23. オスロ近郊
ノルウェーの画家,版画家。 1881~84年オスロの美術学校に学び,1908年までフランス,イタリア,ドイツを旅行。パリではゴッホ,ゴーガンに関心をもった。その間,1892年にはベルリンの美術家協会展に出品したが,その特異な画風が物議をかもして展示が中止され,このことはベルリン分離派結成の一因となった。同年から 1908年まで主としてドイツで活躍し,欲望,不安,恐怖,嫉妬,孤独,死といった内面的主題の連作『生のフリーズ』や同様の主題による版画を制作。 08~09年神経病のためコペンハーゲンで療養し,以後ノルウェーで活躍。病後の作風は色彩が明るくなり,形態が流動的となった。 10~15年オスロ大学講堂に連作油彩壁画を制作。以後オスロに定住して孤独な晩年をおくった。人間存在の心理的,内的緊張を象徴的に表現する作風で,現代絵画の展開に深い影響を与えた。なお,1000点以上の絵画,約 4500点のデッサンのほか,おびただしい数の版画をオスロ市に遺贈,63年よりムンク美術館として公開されている。主要作品は『病める少女』 (1885~86,オスロ国立美術館) ,『叫び』 (93,同) 。

ムンク
Munch, Peter Andreas

[生]1810.12.15. クリスチャニア(現オスロ)
[没]1863.5.25. ローマ
ノルウェーの言語学者,歴史家。古代北欧語を研究,アイスランド文学を古北欧語そのものと主張。ローマで研究生活をおくった。主著『ノルウェー国民史』 Det norske Folks Historie (8巻,1852~63) 。

ムンク
Munch, Peter Rochegune

[生]1870.7.25. レッドステッド
[没]1948.1.12. コペンハーゲン
デンマークの歴史家,政治家。近代ヨーロッパ史学者として活躍後,1909年急進自由党から国会へ進出,同年 C.サーレ内閣の内相。 13~20年国防相。 29~40年社会民主党と急進自由党の連立内閣で外相。この間,人種的に混交したシュレースウィヒを横切る 20年のデンマーク,ドイツ国境をヒトラーに承認させることに尽力,失敗したが決裂は回避した。 40年ドイツ軍のデンマーク占領で非難を一身に負い,辞任した。

ムンク
Munk, Kaj

[生]1898.1.13. マリボ
[没]1944.1.4. シルケボア
デンマークの劇作家。5歳で孤児となり,牧師の援助で大学を終えて聖職につく。強烈な性格で英雄に憧れ,卑俗なデモクラシーに不満を表わして一時はファシズムに近づいた。出世作はユダヤのヘロデ大王を扱った『一理想家』 En Idealist (1928) 。続いてイギリス国王ヘンリー8世を扱った『カント』 Cant (31) で劇作家としての地位を確立。『勝利』 Sejren (36) はムッソリーニをほとんど賛美的に扱ったが,『彼はるつぼのそばにすわる』 Han sidder ved Smeltediglen (38) ではナチス治下の考古学者の良心の悩みを描いた。ドイツ軍のデンマーク進駐に際しては説教壇から激しくこれを弾劾し,中世の対ドイツ戦で活躍した民族的英雄に取材した『ニールス・エッベセン』 Niels Ebbesen (42) を書いて抗議。そのためナチスの一団に襲われて虐殺された。ほかに,名作『言葉』 Ordet (32) や自伝『春はゆっくりと来る』 Foråret så sagte kommer (42) ,説教集『バビロンの川のほとりにて』 Ved Babylons Floder (41) など。

ムンク
Munk, Walter

[生]1917.10.19. ウィーン
オーストリア生まれのアメリカ合衆国の海洋学者。フルネーム Walter Heinrich Munk。海流と波動伝播に関する先駆的な研究で,現代海洋学の礎を築いた。ウィーンの裕福な家庭に生まれる。1932年に渡米,ニューヨーク州の全寮制学校で学んだ。銀行を数年で退職し,コロンビア大学の聴講生となる。1939年に物理学の学位を得てカリフォルニア工科大学を卒業,ハラルド・スベルドラップの研究所で働いた。1940年カリフォルニア工科大学で地球物理学修士号取得。1947年スクリプス海洋研究所で海洋学博士課程を修了後,同研究所の地球物理学准教授に就任。1954年教授に昇進,カリフォルニア大学地球物理学研究所の研究員となった。1939年アメリカ市民権を取得。1939~45年に行なった波浪の研究で提唱した波浪予報方式がノルマンディー上陸作戦(オーバーロード作戦)の成功に貢献した。1949年オスロ大学で海流力学を研究。1950年代,地球物理学的作用が地球の自転軸の振動に及ぼす影響について調べ,著書 "The Rotation of the Earth: A Geophysical Discussion"(G.J.F.マクドナルドと共著,1960)に発表。1975年以降,音波を用いて波を画像化する音波断層観測法を提唱し,"Ocean Acoustic Tomography"(1995)を共著で執筆。1968年イギリスの王立天文学会金メダル,1989年アメリカ地球物理学連合ウィリアム・ボウイ・メダルを授与された。1993年,アメリカ海洋学会とアメリカ海軍がムンクの功績をたたえて設立したウォルター・ムンク賞の初代受賞者。1999年京都賞受賞。

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デジタル大辞泉の解説

ムンク(Edvard Munch)

[1863~1944]ノルウェーの画家。愛と死・孤独・不安などのテーマを象徴的に描き、表現主義先駆者の一人とされる。版画も制作。作「叫び」など。

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百科事典マイペディアの解説

ムンク

現代ノルウェーの代表的画家。オスロの美術学校をへて,1889年―1890年パリに滞在。1892年ベルリンで〈生のフリーズ〉と総称される55点の作品を発表。《叫び》《マドンナ》《嫉妬》等,存在の不安や恐怖を強烈な色彩と流動する曲線によって描いてスキャンダルとなる。
→関連項目ディリアス

ムンク

デンマークの劇作家。マリボに生まれたが5歳で孤児となり,養父母や牧師の援助を得てコペンハーゲン大学神学を学んだ。英雄的性格にあこがれ,卑俗な民主主義を嫌った。

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世界大百科事典 第2版の解説

ムンク【Edvard Munch】

1863‐1944
ノルウェーの画家。貧しい医者の子としてロイテンに生まれる。幼くして母と姉を結核で失い,彼自身も13歳で喀血。病気と死への不安が,彼の性格と作品を支配することになる。1864年から一家が移住したクリスティアニア(現,オスロ)で,美術工芸学校に入るが(1881‐84),これにあきたらずクリスティアニア・ボヘミアンと呼ばれるアナーキーな新世代の画家グループに属した。しかし1889‐90年のパリ体験を転機に,写実や印象主義的な芸術を超え,自己の内面の孤独と不安,肉親の死の記憶を表現する絵画を目ざす。

ムンク【Kaj Munk】

1898‐1944
デンマークの劇作家。〈殉教者〉としての使命感に生きた牧師。《理想主義者》(1928),のちに映画化された現代の奇跡を描いた《言葉》(1932)など古典的な戯曲を書く。はじめ英雄や独裁者に魅力を感じたが,ドイツ軍占領下の1940年代には教会での説教や作品を通じてみずからレジスタントの代弁者となったため,ナチスはその国民への影響を恐れて彼を射殺した。抒情詩集,説教集,随筆があり,回想録《春は静かにやってくる》(1942)を残す。

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大辞林 第三版の解説

ムンク【Edvard Munch】

1863~1944) ノルウェーの画家。人間の内面的な情感、生・死・愛・恐怖・孤独などの題材を好んで描き、銅版・石版・木版画にも特異な才能をみせた。表現派先駆者の一人。代表作「叫び」

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世界大百科事典内のムンクの言及

【精神分裂病】より

…現存在分析を創始したスイスの精神医学者ビンスワンガーの主著で,1957年に単行本の形で刊行された。5例の精神分裂病のくわしい症例研究からなるが,30年代に著者が独自の人間学的方法を確立したのち,数十年にわたる臨床活動の総決算として44年から53年にかけて集成したもの。ここでは,分裂病は人間存在に異質な病態としてではなく,人間から人間へ,現存在から現存在への自由な交わりをとおして現れる特有な世界内のあり方として記述される。…

【ノルウェー】より

…国民的ロマン主義は各分野にすぐれた芸術家を育成する。美術では,ダールの後,デュッセルドルフ・アカデミーに学んだ画家たち,たとえば《ハルダンゲルの婚礼》を合作したティデマンAdolph Tidemand(1814‐76)とギューデHans Gude(1825‐1903),音楽では民謡演奏を土台にした名バイオリニストのブルOle Bullや作曲家のヒェルルフHalfdan Kjerulf,文学では親デンマーク派のウェルハーベンと激しく対立した熱血詩人ウェルゲラン,膨大な《ノルウェー国民の歴史》8巻を書いた歴史家ムンクPeter Andreas Munch(1810‐63)らが現在まで続くこの国のロマン的性格の基を築いた。第2次大戦中の反ナチス抵抗運動,1970年代のEC(ヨーロッパ共同体)参加拒否の姿勢を支えるものでもある。…

【表現主義】より

…歴史的にはマティスのフォービスムについて初めて用いられたがフランスでは定着せず,1911年ころからベルリンで前衛的な美術を中心に音楽,文学,演劇,映画,建築に及ぶ革新的芸術の合言葉として広まった。したがって,現象としてはムンク,アンソールからルオー,エコール・ド・パリのシャガール,スーティンらに至る個々の画家やマティスらのフォービスト,ピカソらの前期キュビストなどをヨーロッパの表現主義として取り上げることもできるが,狭義には主として1905年ごろからドイツ革命期に至る時期に展開されたドイツの芸術をいう。ドイツではフォービスムやキュビスムの絵画構成上のゆがみが情念的な表現上のゆがみととらえられ,原始的土着的な要素やバロックにつながる精神性が強調された。…

※「ムンク」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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