翻訳|tide
主として月と太陽の引力によって生じる海面の昇降現象。海岸などでみられる1日に1~2回のゆっくりした海面の昇降、すなわち潮の干満が潮汐である。
[岡田正実]
海面が上がりきった状態を満潮high waterまたは高潮(こうちょう)、下がりきった状態を干潮low waterまたは低潮(ていちょう)という。干潮から満潮までの間で、海面が上昇しつつあるときを上げ潮floodまたは差し潮、満潮から干潮までの下降しつつあるときを下げ潮ebbまたは引き潮という。満潮や干潮は1日2回ずつ現れるのが通例で、その時刻は毎日数十分ずつ遅れる。満潮から満潮(または干潮から干潮)までの時間はかなり変動するが、平均すると12時間25分となる。これら2回の満潮(または干潮)は、その潮位が著しく異なる場合があり、これを日潮不等(にっちょうふとう)diurnal inequalityという。極端な場合は満潮と干潮が1日1回しか現れず、一回潮(ちょう)となることがある。
干満の時刻や潮差(ちょうさ)range of tide(満潮と干潮の高さの差)は月齢によってかなり変動する。最大の潮差は新月(朔(さく))および満月(望(ぼう))の前後に現れることが多く、大潮(おおしお)spring tideという。上弦および下弦のころは、潮差が小さく小潮(こしお)neap tideとなる。暦などには太陰暦の日付から決めた潮名(しおな)が掲載されている。潮差は、月齢のほかに、月の赤緯などによっても変化する。日潮不等が著しい所では、最大の潮差が上・下弦のころに現れることもある。
気圧、風、海水温などの変動によっても潮位の変化が生じるが、それを気象潮(きしょうちょう)meteorological tideとよぶ。それには1日周期、1年周期のような周期的変動と、高潮(たかしお)storm surgeのように一時的なものとがある。気象潮も一種の潮汐として扱われている。気象潮に対し、天体引力による潮汐を天文潮(てんもんちょう)astronomical tideという。
潮汐に伴う海水の流れを潮流(ちょうりゅう)tidal currentという。潮汐と同じ周期の往復運動または楕円(だえん)運動で、黒潮のような海流とは異質な流れである。潮流も場所によって大きく異なり、月齢などによって変化する。海峡部で強く、鳴門海峡(なるとかいきょう)のように10ノット(毎秒5メートル)以上に達する所もある。
月や太陽の引力作用は、海洋だけでなく全地球に及ぶ。このため地球(固体地球)が変形したり、大気の運動が生じる。前者を地球潮汐earth tide、後者を大気潮汐atmospheric tideとよぶ。これらと区別するときは海の潮汐を海洋潮汐ocean tideという。
[岡田正実]
月と地球は共通重心を中心としてほぼ円形の運動をしているが、相互の引力と回転による遠心力は全体としてつり合っている。しかし、地球上の各地点では、月までの距離と方向がすこしずつ異なるために、引力と遠心力が完全なつり合いを保っていない。月にもっとも近い所では引力が大きく、月のほうへ引かれる。月と反対側のもっとも遠い所では、月の引力より遠心力が大きく、月と反対の方向へ押し出される。地球表面の中間点では、引力と遠心力の方向のずれなどによって、地球中心の方向へ引かれる。このように、天体の引力が地球上の各地点ですこしずつ異なるために生じる力を起潮力(きちょうりょく)tide generating forceという。地球がすべて海で覆われ、起潮力または潮汐力と海面の変形が完全につり合っているとすれば、海面の高さhは、
h=1/2(M/E)・(r/D)3r(3cos2θ-1)
で表される。ここで、hは起潮力による海面の上昇量、Mは天体(月または太陽)の質量、Eとrは地球の質量および半径、Dは地球中心から天体中心までの距離、θは地球中心からみた天体から観測点までの角度である。起潮力の大きさは天体の質量Mに比例し、距離Dの3乗に逆比例する。太陽は月よりはるかに大きい質量であるが、地球からの距離が遠いために、その起潮力は月の半分弱(約46%)にすぎない。その他の天体による起潮力はきわめて小さく、問題とならない。起潮力によって、月の真下付近およびその反対側では海面が高くなる。そして、地球が1日1回自転するので各観測点では1日2回満潮と干潮が生じるが、月の公転のために干満の時刻は毎日数十分ずつ遅れる。
このように、起潮力と海面の変形が静力学的につり合うと仮定して得られる理論を平衡潮汐論equilibrium theory of tideまたは静力学的潮汐論とよぶ。これは最初にニュートンが提唱した理論である。この理論によれば、月による潮汐(太陰潮(たいいんちょう)lunar tide)の最大潮差は53.4センチメートル、太陽潮(たいようちょう)solar tide(太陽による潮汐)の最大潮差は24.6センチメートルである。両者が重なる大潮の最大潮差をとっても78センチメートルにすぎない。また、満潮は月が観測点の子午線を通過する前後に現れる。実際の海洋では大潮の潮差が10メートル以上に達する所があるし、月が子午線を通過する前後に干潮となる所も珍しくなく、平衡潮汐とはかなり大きく食い違っている。しかし、大潮・小潮、日潮不等などは平衡潮汐論により説明できる。なお、海洋潮汐に比べると、地球潮汐は平衡潮汐に近い。大気潮汐では日射による24時間周期の変動が大きく、起潮力によって生じる変動は小さい。
[岡田正実]
潮汐の観測を検潮(けんちょう)tidal observationという。簡便な方法は海中や岸壁に標尺(検潮柱tide pole)を立て、潮位の観測を行う。本格的な観測では、海岸近くに検潮所tidal stationを建て、検潮儀tide guageを用いて行う。検潮所を験潮所、験潮場、量水標、水位観測所などともよび、検潮儀を験潮儀、検潮器などと表記することもある。検潮所では、外海の潮位変化につれて導水管から海水が出入りし、井戸内の水位が変動する。波浪は導水管の効果でかなり除かれる。井戸には浮きを浮かべて、その上下変動を検潮儀で検出し、その場で自記紙に適当な縮尺で連続記録したり、デジタル化して監視場所へ伝送する。港の岸壁などでは、金属柱を組み立てて海上にアームを伸ばし、そこから海面に超音波パルスを発射し、反射して返ってくるまでの時間から海面の高さを測る方法もある。なお、水深の変化は海底での水圧変化にほぼ比例するので、水圧計を用いた潮汐観測も行われている。この方式ではセンサーを海底に沈めるので、比較的簡単な施設でよいが、長期間の観測にはあまり適さない。
観測などで得られた潮位変化の曲線を潮候(ちょうこう)曲線mareogramという。潮汐観測では毎時潮位、満干潮の時刻と潮位を潮候曲線から読み取り、整理する。検潮儀には津波、高潮、セイシュなども記録されることがある。機関によってはこれらの現象についても観測している。
海岸から離れた沖合いでの潮汐観測では、ICメモリーなどの記録装置を内蔵した水圧計が用いられる。海底で観測し、観測終了後に測器を回収して記録を再生する。1970年代ごろからは数千メートルの深海でも観測が行われている。しかし、このような投入・回収方式では即時に記録をみることができないので、ケーブルで水圧信号を陸上へ送り、連続的に記録する場合もある。沖合い100~250キロメートルに達する長大なケーブルを用いた海底地震観測システムが日本周辺7か所(2011年時点)に設置されているが、それらには水圧センサーも付設されており、おもに津波観測用として使用されている。海面に浮かべたブイの位置(高さ)をGPSで時時刻刻と測定し、波浪、津波および潮位を観測する方式も実用化されている。また、陸からはるか遠くで津波などを観測するために、海底に設置した水圧計のデータを音波で海上に浮かべたブイに送り、ブイから人工衛星を経由して観測所に送信する方式も開発されている。
潮汐の観測は古くから行われ、フランスのブレスト港では17世紀から継続されている。日本では1872年(明治5)に近代的な観測が開始されたが、系統的な観測資料が現存するのは1894年以後である。現在では、国土交通省の気象庁および海上保安庁(外局)、国土地理院(特別機関)、港湾局、北海道局のほか、都府県などさまざまな機関で観測を実施しており、検潮所は全国で約500か所ある。
[岡田正実]
起潮力で生じた海水の変動は、潮浪(ちょうろう)tidal waveまたは潮汐波とよばれる波となって海洋中を伝播(でんぱ)する。その過程で海陸分布や海底地形の影響を受けて、複雑な回折・反射および摩擦による減衰などで変形する。このため、潮汐の状況は場所によって大きく異なる。
世界でもっとも潮汐が大きい所はカナダ南東部のファンディ湾の奥で、大潮差(だいちょうさ)spring range(大潮の平均潮差)が15メートルにも達する。イングランド西岸、フランス北西岸、マゼラン海峡、朝鮮半島西岸などでも10メートル前後に達するところがある。
日本沿岸では、関東以北の太平洋岸で大潮差が1~1.5メートル程度、東海地方から九州・南西諸島にかけては1.5~2メートル程度である。東京湾、伊勢湾(いせわん)などの湾内ではやや大きい。瀬戸内海は複雑で、中西部では3メートル前後になるが、明石海峡(あかしかいきょう)付近では1メートル程度である。九州西岸は2.5~4メートルと大きく、とくに有明海(ありあけかい)は日本最大で、湾奥では5メートル以上に達する。一方、日本海沿岸では20~50センチメートルと小さい。
月が子午線を通過してから満潮になるまでの時間を高潮(こうちょう)間隔high water intervalという。北海道から関東にかけての太平洋岸では4時間程度であるが、西に向かうにつれて遅れ、九州南東部では7時間程度となる。潮汐の位相や潮浪の進行を調べるには、同時潮図(ちょうず)co-tidal chartをみると便利である。
ある特定の場所での潮汐の型は日潮不等の程度によって大きく異なる。メキシコ湾やマニラ湾などでは日潮不等が著しく、大部分1日1回しか干満が生じない。国内では日本海、オホーツク海、瀬戸内海東部で日潮不等が大きく、一回潮となることも珍しくない。
海に注ぐ河川では河口近くで潮汐がみられ、そのような部分を感潮河川tidal riverという。河川での潮汐は、河床が海の静水面(平均水面)より低い河口付近で卓越し、上流では微弱である。潮浪が海から上流へ進むにつれて、川の流れや摩擦などのためにしだいに変形し、上げ潮が短時間となる。極端な場合は、上げ潮の前面が急勾配(こうばい)になり崩れながら進む。これをボアtidal bore(潮津波、海嘯(かいしょう)などとも訳する)といい、アマゾン川(ブラジル)、銭塘江(せんとうこう/チエンタンチヤン)(中国)、セバーン川(イギリス)などでみられる。
[岡田正実]
ニュートンは著書『プリンキピア』Philosophiae Naturalis Principia Mathematica(1687)で万有引力から起潮力を導き、平衡潮汐論を提唱した。この理論では静力学的なつり合いのみを考慮している。その後、海水の運動を考え、流体力学の方程式に基づく理論(動力学的潮汐論)がラプラスその他の人々によって論じられた。これらの研究では、地球全体が海洋で覆われている場合を扱っている。それによると、海洋の深さによって潮差が異なり、平衡潮汐の数倍になることがある。
陸に囲まれた海洋の潮汐についても研究されている。緯度60度で囲まれた極海、二つの緯度圏で囲まれた帯状海、および二つの子午線で囲まれた紡錘状海洋における潮汐などが考察された。
陸地に囲まれた湖など比較的狭い範囲では、緯度変化による影響が無視できるので取扱いが比較的容易になる。潮汐は湖(または閉鎖的な湾)に作用する起潮力で生じ、定常波として表される。黒海、バイカル湖などの潮汐はこの考え方で十分説明される。
コンピュータの発達に伴い、解析的手法で解けなかった複雑な海底地形における潮汐も数値実験的に研究されるようになった。これまでに大小さまざまな範囲について実際の海底地形を用いて数多く調査されており、大規模な計算では、ほぼ全海洋の潮汐がかなりよく再現されている。一方、沿岸の狭い範囲の潮汐は、高潮や海洋汚染などに関連して、種々の条件の下で数値実験が行われている。日本でも東京湾、大阪湾、瀬戸内海、有明海など各海域における潮汐・潮流が調べられており、現象の解明に貢献している。
[岡田正実]
潮汐は漁業や航海に密接に関連しており、古くから各地で太陰暦を利用した予報が行われてきた。精度の高い予報を行うには、天体の運動に基づいて、潮汐定数tidal constantsを用いて計算する。
月の運動は複雑で、起潮力の時間変化を簡単な式で表現することはできない。しかし、1年程度以内の短期間であれば、起潮力をいくつかの周期変動(三角関数)の重ね合わせでよく表すことができる。実際の潮汐は基本的に起潮力による強制振動であり、起潮力と同じ周期をもつ変動に分解できる。潮汐を構成する個々の周期変動を分潮constituentというが、微小なものまでを含めると非常に多数ある。
ある観測点における潮汐をみると、各分潮の周期は完全に一致するが、振幅および位相は各分潮ごとに異なる。長期間の平均的な振幅Hiと位相差Ki(平衡潮汐に対する遅れの角度)を潮汐定数という。潮汐定数は、地形変化などがない限り、あまり変化しない。なお、観測資料から潮汐定数を求めることを潮汐調和解析tidal analysisという。
潮位の予報式は
である。ここでfiとδiは天体の運動から理論的に求める値で、短期間であれば一定として扱う。Viは分潮の速度、tは時刻である。満潮と干潮は潮位の極大および極小から求める。本格的な潮汐の予報では、数十個の分潮を採用するので、計算量が非常に多い。このため、コンピュータを用いるが、潮汐定数があればパソコンでも計算できる。
潮汐・潮流を予報したものに『潮汐表』があり、海上保安庁から毎年印刷発行されている。各地の満潮・干潮の時刻と潮位および主要地点の潮流が掲載されている。『潮位表』は気象庁で計算したもので、各地の満潮・干潮の時刻と潮位が掲載されており、インターネットで公開されている。
[岡田正実]
潮汐は沿岸での漁業や船の航海に関係しており、さまざまなことが昔から経験的に知られている。魚の餌(えさ)となるプランクトンが潮流で流されるために、潮時によって漁獲量が変動する。流れがほとんど停止する満潮・干潮には、魚があまり釣れないことが多い。貝類の採取作業には干潮時がよい。潮干狩(しおひがり)は全国各地で春の大潮の干潮時に行われているが、日潮不等で日中の干潮がよく引くことなどによるものである。秋の大潮は、太平洋岸では夜の干潮がよく引く。
船は潮流にのって進めば速くて経済的であり、大きな動力がなかった昔には、港で潮待ちし、潮流に従って航海することが多かった。現在でも比較的速度の遅い小型貨物船などでは、潮流の強い所をできるだけ逆流時を避けて通過している。また、港湾での航行や荷役作業には、海面の高さによって影響を受ける場合が少なくない。とくに、造船所で行う大型船の進水には大きな水深を必要とするので、満潮時を選んで行う。
潮汐・潮流のエネルギーは非常に大きく、その活用方法が古くから考えられている。潮汐発電はもっとも有力な一つである。フランスのランス川では河口にダムをつくり、潮汐にあわせた水門の操作によって数メートルの落差を得て、発電が行われている。計画中のものを含めると、世界中に20か所程度あり、そのなかには潮流を利用する方式もある。潮汐発電は動力エネルギーに費用がかからないことや、天候などの影響をあまり受けない点では優れているが、通常のダムと比べて落差が小さいために、大きな発電所はつくれない。また、1日のうち何時間か発電機が停止したり、大潮・小潮によって発電能力が変動することもある。潮汐・潮流の大きさだけでなく、立地条件(地形)も関係するので、本格的な発電所は日本国内につくられていない。
[岡田正実]
海水の干満は、とくに漁業や航海に携わる人々にとっては重大な関心事である。潮汐の方向、速さ、時刻などは漁獲や船の出入港にかかわり、もっとも基本的な知識の一つといえる。干満の呼び方にはいろいろあるが、満潮をタタエ、トドエ、干潮をソコリ、ヒオチ、干満の止まった状態をタルミ、トロミなどという所が多い。干満に伴う潮流については、陸から沖へ行く潮を出潮(でしお)、沖から陸へ向かうのを入潮(いりしお)という地方が多く、この流れは船の出入港に利用されている。伊豆半島には入潮をオカヅケとよぶ所があるが、これは明らかに操船にちなむ名である。相模湾(さがみわん)では出潮をハライダシ、タジマジオ、入潮をコミシオ、ツケシオというほか、東流の潮をカシマ(鹿島)、西流の潮をワシオとよんでいる。また、潮の流れなどによる潮境にはシオザイ、シオメ、サエジオなどの呼び方がある。
潮汐については多くの俗信もある。人は満潮時に生まれ、干潮時に死ぬという伝承は各地にあるが、ほかに家の棟上げ式や船に船霊(ふなだま)を祀(まつ)り込んだり、船下(ふなお)ろし(進水式)は満潮時に行う、満潮時におこった火事は大きくなる、満潮のときのけがは出血が多いなどさまざまな言い伝えがある。これら潮汐についての伝承のなかには単なる干満からの連想に基づく俗信もあるが、一方には人間の生理現象に関することばに血潮、初経(初潮)などがあることからすれば、血液、生命と潮との間には深い関係があると考えられていたともいえよう。
[小川直之]
『桜田勝徳著『海の宗教』(1970・淡交社)』▽『彦坂繁雄著『潮汐』(『海洋物理Ⅲ』所収・1971・東海大学出版会)』▽『柳田国男・倉田一郎著『分類漁村語彙』復刻版(1975・国書刊行会)』▽『寺本俊彦編『海洋物理学Ⅱ』(1976・東京大学出版会)』▽『星野通平・久保田正編著『カラーシリーズ・日本の自然3 日本の海』(1987・平凡社)』▽『宇野木早苗著『沿岸の海洋物理学』(1993・東海大学出版会)』▽『力武常次著『固体地球科学入門――地球とその物理』第2版(1994・共立出版)』▽『宇野木早苗・久保田雅久著『海洋の波と流れの科学』(1996・東海大学出版会)』▽『能沢源右衛門著『新しい海洋科学』改訂版(1999・成山堂書店)』▽『福地章著『海洋気象講座』改訂版(2003・成山堂書店)』
風波や津波などによる水位変動に比べて緩慢な海水面の上り下りを海洋潮汐という。それは,月や太陽のような天体の及ぼす万有引力が主要な作用である天文潮汐,気象の変化に伴う気象潮汐,窮極の原因が太陽放射であるとみられる放射潮汐(気象潮汐の一部は放射潮汐ともみられる),その駆動力や発生機構がまだ十分とらえられていない異常潮汐(異常潮位)などを含む。天文潮汐の場合,それを引き起こす作用,すなわち起潮力は,固体地球にも働き,それを変形させる。この現象を地球潮汐という。ちなみに,大気にも,主として太陽放射によって起こる大気潮汐がある。普通,単に潮汐というと天文海洋潮汐をさすので,ここではこれに限定して述べる。
天文潮汐の場合,海水に働く月や太陽のような天体の引力と,地球-天体系の共通重心のまわりを回る地球の公転に伴う遠心力との差が起潮力となる。I.ニュートンは,起潮力の分布に静力学的につりあうとしたときに得られる海面の凹凸分布を平衡潮汐と名づけた。地球表面が全部海水でおおわれているとすると,平衡潮汐による海面は各点で起潮力に垂直である。したがって全地球的にみると,海面は天体と地球中心を結ぶ線を軸とし,その方向に最もふくらみ,この軸に垂直な方向で最もやせた回転楕円面を形成する(コラム参照)。
実際の海では,起潮力に応答して生ずる海面の形状は,平衡潮汐に伴う海面のそれとはかなり異なると考えられる。これは,起潮力によって起こされる海水の運動においては,海水内部および海水と海底や陸岸との間の摩擦が働き,また海底や陸岸の地形が大きく影響するなどのためである。世界の大洋で起こる潮汐は,一般に数千kmにも及ぶ大きな波長をもつ波と考えられる。この波による海水の運動は海底にまで及び,この海水運動の速度,すなわち潮流の速度は,海面から海底近くまで,あまり変化しないとみられる。このように海面の昇降に伴う圧力の変化が海底にまで達する表面潮汐に対し,海面はほとんど昇降せず,海水内部に生じた海水密度の不連続面が大きく昇降する潮汐を内部潮汐という。内部潮汐は表面潮汐によって起こされるとみられるが,どこででも起こるわけではなく,その生起には,例えば海底地形が急激に変化する海域において,海水の密度が鉛直方向に変化しているなどの条件が必要である。
表面潮汐による海面の昇降を,海洋のある点で長期にわたって記録したいわゆる潮位記録は,一般に1日に2回波うつが,その山と谷の潮位の差,すなわち潮差は,等しくないのが普通である。しかもこの潮差は,大局的には,約2週間の周期で変化する。潮差の大きい大潮と小さい小潮が約2週間おきに現れる。このように潮位記録は,割合に規則正しく変化する波形を示す。この波形は,約半日,1日,2週間など各種の周期をもつ正弦波成分の集りとみることができる。本来の波形を成分に分解することを調和解析といい,各成分を分潮という。これらの成分はそれぞれ,半日周潮,日周潮,および長周期潮とよばれる。これらの周期は,月や太陽などの潮汐を引き起こす天体の天球上での運行周期と密接に関係している。
潮汐成分のうち,一般に大きい振幅をもつものは,周期がそれぞれ約12.42,12.00時間であるM2分潮,S2分潮(いずれも半日周潮)と,周期がそれぞれ23.93,25.82時間であるK1分潮,O1分潮(いずれも日周潮)である。各分潮による海面昇降は,海を伝わる波としてとらえられるが,ある瞬間において,広い海洋上で波の山,谷,昇降なしなどで表される位相の等しい点をそれぞれ連ねると曲線が得られる。これを同時潮線という。同時潮線図から,潮汐波の伝わりぐあいを読みとることができる。このような図は,沿岸や島における潮位の測定結果に基づいて経験的に描くこともできるが,また一方,潮汐に伴う海水運動についての方程式を解き,その結果に基づいて描くこともできる。前者の方法を用いるためには,大陸の沿岸だけではなく,外洋の島や外洋底で潮汐の観測を行うことが必要であるが,現在のところ,潮汐の測定を行っている検潮所は先進国の沿岸に集中しており,外洋にはきわめて少ない。このため,全世界の海洋にわたる,精度のよい同時潮線図をこの方法で描くことには困難がある。後者の方法では,方程式を解くことに困難があるが,コンピューターの進歩により,最近ではおおよそのありさまを示す図を描くことができるまでになった。例えば図1は,世界におけるM2分潮の同時潮線図を示したものであるが,これによると,約10個程度の無潮点,すなわち潮汐による海面の昇降がまったく起こらない点があり,潮汐波はそのまわりを北半球では主として反時計回り,南半球では時計回りに,驚くべき伝搬速度で回っていることがわかる(図3)。
沿岸で観測される潮の干満は,外洋で起こされた潮汐波が陸棚上へ進入し,海底や沿岸地形の影響をうけた結果生じた波によるものである。場所によって干満の差,すなわち潮差の大きさや,干満の起こる時間も大きく異なる。沿岸では,一般に外洋に比べて潮汐波の振幅が大きく,したがってそれに伴う潮差は大きい。日本の太平洋岸では潮差は1.5m前後に達するが,日本海岸では10cm程度である。日本海はほとんど閉ざされた海であり,そこでの潮汐はそこの海水に直接働く起潮力によって起こされ,太平洋などから伝わってくる潮汐波の影響は少ない。日本海のスケールが小さいために,潮差も小さいわけである(図4)。
海洋の各点について,過去の潮位記録の調和解析から各分潮の振幅と水位の時間変化を示す位相がわかれば,それらを合成することにより,潮汐によって将来起こされるであろう水位の変化を予報することができる。新聞紙上などで公表される干満の予報は,この方法によっている。
執筆者:寺本 俊彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
出典 平凡社「普及版 字通」普及版 字通について 情報
出典 (財)日本水路協会 海洋情報研究センター海の事典について 情報
…月の引力および太陽放射によって起こる大気の潮汐。一日潮と半日潮とがある。…
…海水に月や太陽の引力が作用し,その起潮力によって海面が昇降する現象は,海洋潮汐あるいは単に潮汐として人々によく知られている。起潮力は海水だけでなく地球の固体部分にも同様に作用するので,それによってわずかではあるが地球自体も変形を繰り返している。…
…このようにゆっくりと自転をしているので,月は多少扁平な形となってもよいのであるが,理論的に計算すると,極半径と赤道半径の差は16mである。また,月から見て地球はいつも同じ方向にあり,月はいつも同じ面を地球に向けているので,地球の潮汐によって地球に向いている赤道の直径は,これに垂直な直径より長いはずといわれていた。ところが,月のまわりを回ったNASAのうち上げたアポロやルナ・オービターの測定によると,地球を向いた面は平均の球から2.6kmほどへこみ,反対側はほぼこれと同じくらいとび出していることがわかった。…
※「潮汐」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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