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ムーニエ ムーニエ Meunier, Constantin

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ムーニエ
ムーニエ
Meunier, Constantin

[生]1831.4.12. ブリュッセル
[没]1905.4.4. ブリュッセル
ベルギーの彫刻家,画家。ブリュッセルの美術学校で学び,C.ド・グルーに師事。最初『農民戦争』 (1875,ブリュッセル近代美術館) のような歴史画や宗教画を描いたが,1880年以降,多く炭鉱労働者の生活を題材とした。

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ムーニエ
ムーニエ
Mounier, Emmanuel

[生]1905.4.1. グルノーブル
[没]1950.3.22. シャトネイマラブリ
フランスの哲学者。 1924年グルノーブルでジャック・シュバリエに師事,27年パリに出,C.ペギー研究会をつくり,それを発展させて 32年に雑誌『エスプリ』 Espritを創刊。 33~39年ブリュッセルの高等学校で教鞭をとり,39~40年従軍。

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ムーニエ
ムーニエ
Mounier, Jean-Joseph

[生]1758.11.12. グルノーブル
[没]1806.1.26. パリ
フランスの政治家。グルノーブルで国王裁判官をつとめ,1788年ドーフィネ地方三部会を招集し,89年6月 20日第三身分代表として「テニスコートの誓い」を発議,指導。立憲派として,国民議会議長をつとめたが,同年 10月5,6日の民衆のベルサイユへの行進に反対し,90年亡命。

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デジタル大辞泉の解説

ムーニエ(Emmanuel Mounier)

[1905~1950]フランスのカトリック哲学者。「エスプリ」誌を創刊。キリスト教実存主義人格主義の立場から社会正義を主張。著「人格主義宣言」「人格主義とは何か」など。

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百科事典マイペディアの解説

ムーニエ

ベルギーの画家,彫刻家。ブリュッセル生れ。一時彫刻から絵画に転じ,修道院生活の経験を基に修道院を主題とする作品を描いていたが,ベルギー滞在中のロダンと会い,その作品に感動して再び彫刻に戻った。

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世界大百科事典 第2版の解説

ムーニエ【Constantin Meunier】

1831‐1905
ベルギーの画家,彫刻家。ブリュッセルに生まれ,同地の美術学校に学ぶ。1860年ごろより主として宗教的題材を写実主義的に,のちには印象派風の明るい色調を取り入れて描く。82‐83年のスペイン旅行後は彫刻に転じ,炭鉱や工場に取材して肉体労働者の姿を力強く直截に表現した。これらの人物像はのちの社会主義リアリズムのような労働の理想化におちいることなく,そこには近代彫刻の彫塑的表現性がうかがえる。87‐95年ルーバンの美術学校教授。

ムーニエ【Emmanuel Mounier】

1905‐50
フランスの哲学者,人格主義の創唱者。ベルグソンやペギーの影響のもとに1932年10月,機関誌《エスプリ》を創刊,以来人格主義哲学を現代フランスの社会,政治,文化的諸問題に適用する。第2次世界大戦中,反ナチ・レジスタンス運動に加わり,41年捕らえられたが,ハンストを行って釈放された。戦後再び《エスプリ》の編集者となる。《人格主義宣言》(1936),《人格主義》(1949)などに見られる彼の人格主義は精神的存在としての人格を中心にし,責任と内面的発達による創造的な人格の完成をめざした。

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世界大百科事典内のムーニエの言及

【ベルギー】より

…さらに後者は1901‐14年にドイツで活動して機能主義の美学を標榜するバウハウス運動を準備し,帰国後は装飾を排した近代建築の推進者となった。19世紀の彫刻は新古典主義に支配され,労働者や農民を写実的かつモニュメンタルに表現したムーニエと象徴派のミンネGeorge Minne(1866‐1941)の作品以外は新味に乏しい。後者は後述する第1次〈ラーテム派〉の一員でもある。…

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