人格主義(読み)じんかくしゅぎ(英語表記)personalism

翻訳|personalism

精選版 日本国語大辞典 「人格主義」の意味・読み・例文・類語

じんかく‐しゅぎ【人格主義】

〘名〙 一般に、人格を最高の価値とみとめる哲学の考え方。たとえば、道徳的行為の自立的主体としての人格を目的そのものとみなすカントの立場で、これは阿部次郎らに影響を与えた。また、神との交わりにもとづく人格相互の交流によって社会的連帯性を主張しようとする二〇世紀フランスエマニュエル=ムーニエの立場もある。
※人格主義(1922)〈阿部次郎〉二「人格主義とは何であるか。それは、少くとも人間の生活に関する限り、人格の成長発展とを以て至上の価値となし」

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デジタル大辞泉 「人格主義」の意味・読み・例文・類語

じんかく‐しゅぎ【人格主義】

人格に絶対的価値をおく哲学・倫理学の立場。自律的人格に比類のない尊厳を認めるカント道徳哲学など。
[補説]書名別項。→人格主義

じんかくしゅぎ【人格主義】[書名]

哲学者評論家阿部次郎の著作。大正11年(1922)刊行

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改訂新版 世界大百科事典 「人格主義」の意味・わかりやすい解説

人格主義 (じんかくしゅぎ)
personalism

19,20世紀のヨーロッパおよびアメリカで興った,人格の優越性ないし絶対的価値を擁護する精神運動。人格(ペルソナ)的存在がすべての存在するもののなかで最高の存在様式であるという思想は,神をペルソナ的存在と解するキリスト教神学の歴史のなかで形成されたものであり,たとえばトマス・アクイナスは〈人格は全自然のなかでもっとも完全なもの〉を表す,と言明した。しかし,〈人格〉概念を中心に置く広範囲な精神運動が興ったのは19世紀以降のことである。19世紀哲学運動としての人格主義は,18世紀啓蒙思想に含まれていた粗雑な唯物論に対する反動として興ったもので,自由,創造性などの特徴を備えた人格存在としての人間を,自然界における他のすべての物質的,生命的存在から明確に区別することをめざした。これに対して20世紀の人格主義運動の課題は,一方において人格の尊厳を脅かすさまざまの外的圧力,たとえば人間の〈疎外〉をひきおこす社会・経済機構,科学技術の発達を通じて進展する人間の隷従化,全体主義国家による基本的人権の侵害などに抵抗すると同時に,人間を〈アトム化〉する個人主義自由主義を批判して,人格が本質的に他の人格に対して開かれた〈交わり〉的存在であることを明らかにすることであった。

 アメリカでは1926年にフルーエリングRalph Taylor Flewelling(1871-1960)によって《パーソナリスト》誌が発刊されたが,より影響力の大きかったのは,フランスで32年E.ムーニエが発刊した《エスプリ》誌である。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「人格主義」の意味・わかりやすい解説

人格主義
じんかくしゅぎ
personalism 英語
Personalismus ドイツ語
personalisme フランス語

世界観・価値観の中心に人格概念を据える思想をいう。このような人格主義的思想は古くからあるが、人格主義はことばとしてはシュライエルマハーに始まり、体系的主題化の試みは、20世紀初頭、フランスでルヌービエによって悪の問題解決のための実践哲学としてなされた。同時期にドイツでシュテルンによって個体的差異の心理学の基礎的補完物として、アメリカでバウンらによって人格神と諸人格の社会のみを実在者とする思想として、提唱された。その後、アメリカでは実存主義と言語分析との興隆まで連続的発展をみ、ついで新勢力の成果を取り込んで生き延びようとした。またフランスでは改めてカトリシズムを背景に、だが柔軟に、ムーニエの『エスプリ』誌に拠(よ)る運動のなかで、諸国の思想家とも連携しつつ、実存主義的流れ(ベルジャーエフ、ランズバーグ、リクール、ネドンセルら)、マルキシズム的流れ、カンティスムと合流した伝統的唯心論的流れ(ラシエーズ・レイ、ナベール、ル・センヌ、マディニエ、ラクロワら)を、人格概念の擁護と社会参加の要請とにおいて糾合する一大思潮となった。人格主義は独自な個性を認めぬ国家主義、孤立し他者に開かれぬ個人主義、人間の生の諸条件を直視せぬ精神主義を敵視する。

[松永澄夫]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「人格主義」の意味・わかりやすい解説

人格主義
じんかくしゅぎ
personalism

人格を原理とする立場。具体的人間存在を重視し,人間を単に考えるものとしてではなく,行為し,価値判断を下し,一定の態度をもって社会的生を営む絶対的人格と考える。その意味では F.ニーチェ以後の思想,特に実存主義は人格主義であるともいえるが,古代からの思想 (ギリシアの形而上学およびキリスト教神学など) に人格主義的思索を跡づけることも可能である。しかし,personalismの語は比較的新しく,1860年代に W.ホイットマン,B.アルコットによって用いられた。上述の意味では I.カント,J.フィヒテ,メーヌ・ド・ビランあたりから始る。ドイツでは G.タイヒミュラー,F.トレンデレンブルク,G.リップス,特に M.シェーラーが代表者。英米のプラグマティズムに多くの主張者を輩出し,F.シラーに始り J.ロイス,W.ジェームズを経て B.P.バウンが完成,近くはその弟子 E.ブライトマンが代表者。フランスでは C.ルヌービエ,J.ラシュリエ,近くは E.ムーニエがキリスト教的人格主義を主張し,G.マルセルも人格の概念を重視している。日本では阿部次郎を通してリップスのそれが紹介された。

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百科事典マイペディア 「人格主義」の意味・わかりやすい解説

人格主義【じんかくしゅぎ】

英語personalismなどの訳。一般に,人格(persona)に最高の価値を置く哲学・思想上の立場をいうが,狭義には,19,20世紀における精神運動としてのそれをさす。唯物論,実証主義などに対抗して欧米で興り,最も知られるのは《エスプリ》誌に拠ったE.ムーニエのペルソナリスム。

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世界大百科事典(旧版)内の人格主義の言及

【シラー】より

…したがってそれらは相対的で,絶えざる生成の過程にあり,決して人間から独立に存在する絶対的なもの,不変のものではないと説く。彼はそれを〈人本主義〉〈人格主義〉〈プラグマティズム〉とも称している。それはW.ジェームズのプラグマティズムに最も近い思想で,イギリスにおけるプラグマティズムを代表するものである。…

【ムーニエ】より

…フランスの哲学者,人格主義の創唱者。ベルグソンやペギーの影響のもとに1932年10月,機関誌《エスプリ》を創刊,以来人格主義哲学を現代フランスの社会,政治,文化的諸問題に適用する。…

※「人格主義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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