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メリメ Mérimée, Prosper

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

メリメ
Mérimée, Prosper

[生]1803.9.28. パリ
[没]1870.9.23. カンヌ
フランスの作家。パリ大学で法律を学び,弁護士となったが,かたわら戯曲集『クララ・ガスルの劇』 Le Théâtre de Clara Gazul (1825) ,民謡集『ラ・グズラ』 La Guzla (27) を書いて成功を収めた。続いて歴史小説『シャルル9世治世年代記』 La Chronique du règne de Charles IX (29) や,『マテオ・ファルコーネ』 Mateo Falcone (29) ,『エトルリアの壺』 Le Vase étrusque (30) などの短編を発表。 1834年史跡監督官となったのちも,『コロンバ』 Colomba (40) ,『カルメン』 Carmen (45) などの傑作を書き,プーシキンその他のロシア作家の作品も多数翻訳した。歴史趣味と異国情緒に満ちたロマンチックな主題を扱いながら,その文体は古典的な端正さをそなえている。アカデミー・フランセーズ会員 (44) 。

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百科事典マイペディアの解説

メリメ

フランスの作家,考古学者。匿名の《クララ・ガズル戯曲集》,長編歴史小説《シャルル9世年代記》を発表したが,やがてその真価を中・短編小説に発揮,古典的写実主義の作家として活躍。
→関連項目大友克洋

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世界大百科事典 第2版の解説

メリメ【Prosper Mérimée】

1803‐70
フランスの小説家。パリ出身。はじめ法律を学んだが,早くから創作を志し,1825年,処女作《クララ・ガスル戯曲集》を偽名で発表した。29年,歴史小説《シャルル9世年代記》で好評を得,同年から翌年にかけて続々発表した《マテオファルコーネ》《タマンゴ》《エトルリアの壺》などの短編群で文名を確立した。31年から官途につき,34年以降は文化財保護技監として国内外に多くの巡察旅行を試み,歴史的建造物,遺跡の調査・保護・修復に当たった。

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大辞林 第三版の解説

メリメ【Prosper Mérimée】

1803~1870) フランスの小説家。多く歴史的素材を扱い、情熱や運命などについて冷静・簡潔な文体で描く。代表作「マテオ=ファルコーネ」「エトルリアの壺」「コロンバ」「カルメン」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

メリメ
めりめ
Prosper Mrime
(1803―1870)

フランスの作家。9月28日パリに生まれる。大学では法科に学んだが、早くから創作を志し、1825年『クララ・ガスル戯曲集』を同名の女優の作と偽って出版したのが処女作。29年、歴史小説『シャルル9世年代記』で好評を得、以後続々と傑作短編群を発表するに至る。裏切りをはたらき家名を汚した幼い息子を冷然と処刑するコルシカ男の物語『マテオ・ファルコーネ』、奴隷船上の黒人の反乱とその後の惨たる漂流を叙事詩風に綴(つづ)った『タマンゴ』、歴史ものらしく仕立てた怪異譚(かいいたん)『カール11世の幻視』、精緻(せいち)で粋(いき)な恋愛心理小説『エトルリアの壺(つぼ)』など、題材も手法もまちまちだが、いずれも透明な文体と緊密な構成により短編小説の見本といってよい。メリメの文名はかくて20代後半に確立した感がある。
 1831年から官界に入り、34年には文化財保護監督官、以後は頻々と国内外に巡察旅行を試みて、歴史的建造物、遺跡の調査、保護、修復に精力を注ぐ。当時無名に近かった建築家ビオレ・ル・デュック(1814―79)を登用して各地の中世建築の修復にあたらせたのも大きな功績である。数多い巡察旅行の副産物として、ピレネー山麓(さんろく)のイールを舞台とする考古学的怪談『イールのビーナス』(1837)、コルシカに取材した『コロンバ』(1840)などの佳作が生まれた。代表作と目される『カルメン』(1845)も、この延長線上にある作品といえる。44年アカデミー会員、53年には旧知のナポレオン3世妃ウージェニーに請われて上院議員となる。『カルメン』以後、小説への意欲は衰えをみせ、史伝、考証、ロシア文学の翻訳・紹介に文筆活動の重点が移る。他方、廷臣として多忙な社交生活のなかから、多分に公刊を予期した膨大な書簡群が生まれている。最晩年には小説への意欲が再燃したが、傑作を生むには至らず、70年、プロイセン・フランス戦争の敗北と帝政の崩壊を見て、失意のうちに同年9月23日カンヌで没した。
 メリメの本質は18世紀的合理主義者だが、時代の好尚は争えず、ロマン派の影響下に、異国や遠い昔に材をとり、人間の暗い情熱や運命との抗争を物語る中短編がやはりその本領である。他方、心理小説風の試みや、風刺的戯作(げさく)、怪異への好みなども指摘できるが、いずれの場合も古典的端正さを崩さない明晰(めいせき)冷徹な文体が支えとなっている。明敏な都会人メリメは、異常な、あるいは幻想的な事件を物語りつつも、つねに作品と一定の距離を保たずにはいられない。彼はいつも「醒(さ)めて」いなければならないのである。[冨永明夫]
『杉捷夫他訳『メリメ全集』全7巻(1977~・河出書房新社)』

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世界大百科事典内のメリメの言及

【カルメン】より

メリメの中編小説。1845年刊。…

【グスラ】より

…ユーゴスラビアの南部において,中世叙事詩が古い形そのままに現在にまで保存されたのは,グスラルの存在によるところが大きい。グスラの名を有名にしたのはフランスの作家メリメで,彼は南スラブの民間叙事詩をまねて創作した28編のバラードを《グスラ――ダルマツィア,ボスニア,クロアチアで集めたイリュリア語の詩華集》として1827年に発表し,ロマン派文学の異国趣味に迎えられて好評を博し,プーシキンはその一部をロシア語に訳した。【直野 敦】。…

【ビオレ・ル・デュク】より

…パリ生れ。エコール・デ・ボザール(国立美術学校)を忌避して独学で建築を学び,文化財保護技監であったP.メリメに認められてベズレーのラ・マドレーヌ教会の修理に当たった。ついで老練の建築家ラッシュスJean‐Baptiste Lassusとともに,1845年よりパリのノートル・ダム大聖堂の修復工事を担当してその地位を固めた。…

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