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モラエス Moraes, Wenceslau de Sousa

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モラエス
Moraes, Wenceslau de Sousa

[生]1854.5.30. リスボン
[没]1929.7.1. 徳島
ポルトガルの海軍士官,外交官。モライスとも呼ぶ。小泉八雲と並ぶ日本文化の紹介者として知られる。海軍士官としてポルトガル領植民地を転々とし,1888年中国に赴き,1891年マカオ港副司令となり,1898年来日,神戸,大阪総領事を務めた。 1899年福本米 (よね) と結婚,妻の死後,その郷里の徳島に隠棲して日本風の生活に親しみ,日本の民俗文化の研究著述専念した。米の姪斎藤小春と同棲したが,彼女とも死別し,以後2人の墓守をしつつ不遇な晩年をおくった。主著『大日本』 Dai Nippon (1897) ,『日本通信』 As Cartas do Japão (1913) ,『徳島の盆踊』O Bon-Odori em Tokushima (1916) ,『お米と小春』O-Yoné e Ko-Haru (1923) 。

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デジタル大辞泉の解説

モラエス(Wenceslau de Moraes)

[1854~1929]ポルトガルの海軍軍人・日本文化研究家。明治31年(1898)来日、神戸・大阪領事となり、日本女性と結婚し、のち徳島に永住。日本の民俗・文化を海外に紹介した。著「日本通信」「徳島の盆踊」など。

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百科事典マイペディアの解説

モラエス

ポルトガルの文学者。元海軍軍人。1898年日本へ移住,その後15年間神戸駐在総領事,その間日本婦人と同棲し,1913年徳島に隠棲(いんせい),乞食(こじき)同然の生活をしながら著述に専念。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

モラエス Moraes, Wenceslau de

1854-1929 ポルトガルの外交官,作家。
1854年5月30日生まれ。海軍士官,マカオ港務副司令。明治22年(1889)からしばしば来日し,31年日本移住を決意。神戸・大阪領事となり,福本ヨネを内縁の妻とした。のち総領事。大正2年亡妻ヨネの故郷徳島に隠棲,ヨネの姪斎藤コハルとくらす。日本風俗の紹介記事を故国におくり,それを著書にまとめた。昭和4年6月30日死去。75歳。リスボン出身。著作に「日本通信」「徳島の盆踊」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

モラエス

没年:昭和4.6.30(1929)
生年:1854.5.30
明治大正期のポルトガルの軍人,外交官,文筆家。リスボンの旧家の嫡男として生まれ,海軍に入る。モザンビークに10年余勤務ののち,1888年マカオへ移り,1891年マカオ港務副司令,1893年広東総領事。この間明治22(1889)年に初めて日本を訪れ,以来度々来日。31年マカオ港務副司令解任を機に日本居住へ意を決し,知友の斡旋で神戸大阪副領事代行の職に就く。本国における1910年の革命と共和臨時政府成立を背景として,大正1(1912)年総領事の地位を得るが,相前後して内縁の妻福本ヨネに死別。翌年ヨネの故郷徳島に,その姪斎藤コハルと共に隠棲。5年のコハルの死後も同地で暮らし,孤独のうちに生涯を終える。『大日本』(1897),『日本通信』(1904~05,28),『徳島の盆踊り』(1916)その他日本の文化や風俗に関する著作は,18世紀以降非ポルトガル系の日本論ないし日本見聞記が圧倒的多数を占めるなかにあって貴重。『定本モラエス全集』全5巻がある。

(廣瀬靖子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

モラエス【Wenceslau de Moraes】

1854‐1929
ポルトガルの文学者,日本文化研究家。リスボンに生まれ,海軍士官となり,モザンビークで勲功をたてたほか,博物採集なども行った。1888年マカオに来,《極東遊記》を書き始めた。89年はじめて日本を訪ね,97年《大日本》をリスボンで刊行した。99年神戸のポルトガル領事となり,翌年芸者福本ヨネを落籍,同棲をはじめ,日本通信を次々とポルトガルで発表した。1910年本国で革命が起こりポルトガル王国が共和国となると官を辞し,12年おヨネが死んだこともあって,翌年には徳島で斎藤コハルとの生活をはじめた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モラエス
もらえす
Wenceslau de Moraes
(1854―1929)

ポルトガルの海軍士官、日本文化研究家。海軍兵学校を卒業して海外植民地に勤務。1889年(明治22)初めて来日、以後しばしば日本を訪れた。98年マカオ港務副司令(海軍中佐)を最後に退役し、日本に移住。神戸、大阪領事となり、徳島生まれの芸者福本ヨネと結婚。ヨネの死後1912年徳島に移住、その姪(めい)斎藤コハルをめとったが、3年ほどでコハルも病没し、同地で孤独な晩年を送った。日本の庶民文化を熱愛し、これを研究紹介する多くの作品を故国の新聞・雑誌に書き送った。それらは掲載され、また書籍として出版された。主著に『大日本』(1897)、『日本通信』(1902~13)、『徳島の盆踊』(1911)、『お米(よね)と小春』(1923)、『日本精神瞥見(べっけん)』(1925)などがある。モラエスの生涯を描いた日葡(にっぽ)合作の映画『恋の浮島』(1982、パウロ・ローシャ監督)がある。[濱口乃二雄]
『花野富蔵訳『定本モラエス全集』全五巻(1969・集英社) ▽佃実夫著『わがモラエス伝』(1966・河出書房新社)』

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