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モントゥー モントゥーMonteux, Pierre

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

モントゥー
モントゥー
Monteux, Pierre

[生]1875.4.4. パリ
[没]1964.7.1. メーン,ハンコック
フランス生れのアメリカの指揮者。パリ音楽院バイオリンを学んだ。 1912年 S.ディアギレフバレエ・リュスの指揮者となり,ストラビンスキーの『春の祭典』,ラベルの『ダフニスとクロエ』を初演。

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百科事典マイペディアの解説

モントゥー

フランス出身の米国の指揮者。生地のパリ音楽院バイオリン科に学び,在学中からオペラ・コミック座とコロンヌ管弦楽団のバイオリン奏者として活動。指揮者としてもデビューし,1911年−1914年バレエ・リュッスの指揮者としてストラビンスキーの《ペトルーシカ》や《春の祭典》,M.ラベルの《ダフニスとクロエ》,ドビュッシーの《遊戯》など,20世紀バレエの記念碑的作品の初演を手がける。
→関連項目レイボビッツ

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世界大百科事典 第2版の解説

モントゥー【Pierre Monteux】

1875‐1964
フランス出身のアメリカの指揮者。パリ音楽院で学び,卒業以前からオペラコミック劇場やコロンヌ管弦楽団のバイオリン奏者として活躍,1894年には後者の指揮助手兼合唱指揮者となった。1911‐14年バレエ・リュッスの指揮者として,ストラビンスキーの《ペトルーシュカ》《春の祭典》,ラベルの《ダフニスとクロエ》,ドビュッシーの《遊戯》などの初演を指揮した。16年アメリカにデビュー。17‐19年メトロポリタン歌劇場,20‐24年ボストン交響楽団の指揮者。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

モントゥー
もんとぅー
Pierre Monteux
(1875―1964)

フランス出身のアメリカの指揮者。パリ生まれ。パリ音楽院でバイオリンを学び、オーケストラに入団。1907年指揮者としてデビュー、11~14年ディアギレフ・バレエ団のオーケストラを指揮、ラベル『ダフニスとクロエ』やストラビンスキー『ペトルーシュカ』『春の祭典』などを初演した。17年渡米、メトロポリタン歌劇場、ボストン交響楽団の指揮者のあと、24~34年アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団第二指揮者、36~52年サンフランシスコ交響楽団常任指揮者を務め、42年アメリカ市民権を獲得した。その後客演活動を行っていたが、61年から亡くなるまでロンドン交響楽団首席指揮者。このオーケストラを率いて63年(昭和38)初来日した。まろやかで気品のある芸風は、フランス音楽でとくに効果を発揮した。[岩井宏之]

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世界大百科事典内のモントゥーの言及

【春の祭典】より

…ストラビンスキーとN.レーリヒによるバレエの筋書は,ロシアの異教徒が,春の神の心を静めるために一人の処女を犠牲者にするというもの。1911年から13年にかけておもにスイスのクラランで作曲され,13年5月29日パリのシャンゼリゼ劇場のバレエ・リュッスの公演で,ニジンスキーの振付,P.モントゥーの指揮によって初演され,20世紀音楽史上最も有名なセンセーションを巻き起こした。膨大な編成のオーケストラが,複調や無調による激しい音響をつくり出し,拍子が,3/16,5/16,4/16と小節ごとに変化して複雑なリズム構造を生み出す。…

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