モーリー(読み)もーりー(その他表記)Matthew Fontaine Maury

精選版 日本国語大辞典 「モーリー」の意味・読み・例文・類語

モーリー

  1. ( Mathew Fontaine Maury マシュー=フォンティン━ ) アメリカの海軍士官、海洋学者。洋上の風向、風速、海流を調査研究し、のちの航海案内図の基礎を築いた。一八五三年には、彼の提唱により、初めて国際海洋気象会議が開かれた。著に「海洋の自然地理学と気象学」など。(一八〇六‐七三

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「モーリー」の意味・わかりやすい解説

モーリー(Matthew Fontaine Maury)
もーりー
Matthew Fontaine Maury
(1806―1873)

アメリカの海軍士官、海洋、海洋気象学者。バージニア州フレデリックスバーグに生まれ、若くして海軍に入り士官となる。世界周航も行ったが、1839年、公務旅行中、駅馬車の転覆事故で重傷を負い、足が不自由となり海上勤務ができなくなった。1842年海軍の海図測器廠(しょう)(現、海軍海洋部)に勤務した。それ以後、同廠に当時集積されていた多数の艦船の航海報告から海洋・海上気象の資料を分類統計し、航海や学問に役だてる業務を始めた。これは彼の創意卓見によるもので、いままでほとんどなかった航海指針や海上気象参考図が編纂(へんさん)された。当時パナマ運河は未完成で、アメリカ東海岸から西海岸へ向かう航海者はこれらの活用により航海日数を相当短縮できたといわれる。海洋学、海洋気象学における国際協力の重要性に着目した彼は自ら企画して、1853年、ベルギーブリュッセルで初の国際海上気象会議を開催し、イギリス、アメリカ、フランス、ロシアなど10か国が参加し、国際的な船舶気象観測資料の報告形式の統一、収集・交換等のシステムの確立を決めた。この会議がもとになり1873年の国際気象機関(IMO)を経て現在の世界気象機関(WMO)ができたことはよく知られている。南北戦争(1861~1865)の勃発(ぼっぱつ)により南部出身の彼は北軍(合衆国海軍)を退き(アメリカ海軍記録では免官)、南軍の海軍に参加、北軍と戦った。戦後は故郷バージニアのバージニア・ミリタリー・インスティテュートの物理学教授に就任している。

 彼の業績のうちもっとも重要なのは、海洋気象観測の国際的な規格統一、協力、資料収集システムの確立を図ったことで、まさに今日の国際協力観測の基礎をつくった点にある。主著『海洋の自然地理学と気象学』The Physical Geography of the Sea and its Meteorology(1855)は世界初の海洋学の教科書として広く読まれた。アメリカ海軍の「パイロットチャート」にはいまでも彼の名を図版に特記して、航路啓開者としての彼の功績をたたえている。アメリカ海軍兵学校にはモーリー・ホールがあり、バージニア州では彼の誕生日の1月14日は学校休日となっている。

[半澤正男]


モーリー(Edward Williams Morley)
もーりー
Edward Williams Morley
(1838―1923)

アメリカの物理学者、化学者。ニュー・ジャージー州の牧師の家に生まれる。19歳まで両親に学んだのちウィリアムズ・カレッジに、ついで1861年には牧師を目ざしてアンドウバー神学校に入学した。牧師の職などを経て1882年ウェスタン・リザーブ大学の化学・博物学の教授となり、1901年まで務めた。この間1873年から1888年までクリーブランド医学校でも化学と毒物学とを教えた。若いころの彼は、ユージオメーターを用いて大気中の酸素の量を精密に測定し、寒波の原因についての気象学上の説に支持を与えた。また、プラウトの仮説を検証する目的で酸素の原子量を精密に測定して、15.879という値を得、彼自身はその仮説を退けた。彼はまた、マイケルソンやミラーDayton Miller(1866―1941)らとそれぞれ共同して絶対静止エーテルに対する地球の相対運動を検出する実験に携わった。精密な原子量測定の功績により、王立協会のデービー・メダルやアメリカ化学会のW・ギブス・メダルなどを受けた。

[杉山滋郎]


モーリー(Christopher Morley)
もーりー
Christopher Morley
(1890―1957)

アメリカの編集者、作家。1910年、地元のペンシルベニア州ハバフォード大学卒業。1924年に詩人W・R・ベネイらと『土曜文芸評論』を創刊し、以後17年間その編集にあたる。作家としても小説、詩、戯曲、随筆など幅広い分野で活躍。おもな小説は、ユーモラスな筆致の『巡回文庫』(1917)、ベストセラーになった恋愛物語『少女キティ・フォイル』(1939)など。

[小原広忠]

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「モーリー」の意味・わかりやすい解説

モーリー
Maury, Jean Siffrein

[生]1746.6.26. ボークルーズ,バルレア
[没]1817.5.11. ローマ
フランスの聖職者。聖者,聖職者をたたえる演説でその雄弁が認められ,1785年アカデミー・フランセーズ会員となった。 89年全国三部会議員。フランス革命が勃発すると,絶対王政の擁護者として国内にとどまり,憲法制定国民議会にあって,教会財産の没収,「僧侶民事基本法」,ユダヤ人の市民的平等の確立に精力的に反対。 92年教皇ピウス7世に呼ばれてローマに逃れ,94年枢機卿,その後プロバンス伯 (のちの国王ルイ 18世) の教皇庁駐在大使となった。ナポレオン1世の即位をたたえて,やがてパリに帰り (1806) ,パリ大司教に任命された (10) が,教皇は彼の叙階を拒否した。王政復古とともにローマに逃れ,やがて教皇とも和解した。

モーリー
Morley, Thomas

[生]1557/1558. ロンドン
[没]1603. ロンドン
イギリスの作曲家,オルガン奏者,音楽理論家。 W.バードの弟子。オックスフォード大学を卒業後,1591年セント・ポール大聖堂のオルガン奏者となった。 92年王室礼拝堂に仕え,98年には音楽出版に関する独占権を得て,自身の曲や同時代の作曲家たちの作品も多く出版した。イギリス最大のマドリガル作曲家といわれ,マドリガル,カンツォネッタバレットなど多くの作品がある。 1601年には 24人のマドリガル作曲家によるエリザベス1世をたたえるマドリガル集『オリアナの勝利』を編集した。また著書にイギリスで最初の包括的な作曲に関する理論書『やさしい音楽への手引』A Plaine and Easie Introduction to Practicall Musicke (1597) がある。

モーリー
Morley, Edward Williams

[生]1838.1.29. ニュージャージーニューアーク
[没]1923.2.24. コネティカット,ウェストハートフォード
アメリカ合衆国の化学者。神学校に学び牧師を志したが,余暇に研究していた化学方面の仕事が認められ,1869年オハイオ州クリーブランドのウェスタン・リザーブ大学教授となった。酸素と水素の質量比の精密測定に従事。1887年にアルバート・A.マイケルソンとともに,電磁波の媒質としてのエーテルの存在を結果的には否定することになったマイケルソン=モーリーの実験を行なった。

モーリー
Maury, Matthew Fontaine

[生]1806.1.14. バージニア,スポットシルバニア
[没]1873.2.1. バージニア,レキシントン
アメリカの海軍軍人,海洋学者,地理学者。 1825年海軍に入り,39年負傷後陸上勤務となり,海軍水路部に勤務。海洋上の風向,風速および海流の統計調査を行なったが,この成果は世界の航海業者に対して多大の利便を与えた。 55年世界で初めて大洋深度図を作成。 53年ブリュッセル国際会議で航行船舶による定時の海上気象観測を提案,可決された。南北戦争では南軍で戦い,のちバージニア陸軍大学校の気象学教授 (1868~73) となった。主著『海洋地文学』 The Physical Geography of the Sea (85) 。

モーリー
Morley, Christopher (Darlington)

[生]1890.5.5. ペンシルバニア,ハバフォード
[没]1957.3.28. ニューヨーク,ロズリンハイツ
アメリカの詩人,小説家。ハバフォード大学卒業。種々の新聞,雑誌を編集したのち,1924年『サタデー・レビュー』 Saturday Review of Literatureを創刊。 41年まで同誌の編集にあたり,かたわら詩,小説,戯曲,随筆などを発表。代表的小説に,読書人を扱った『巡回文庫』 Parnassus on Wheels (1917) ,その続編『幽霊の出る古本屋』 The Haunted Bookshop (19) ,恋愛物語『キティ・フォイル』 Kitty Foyle (39) がある。

モーリー
Morley, John, Viscount Morley

[生]1838.12.24. ランカシャー,ブラックバーン
[没]1923.9.23. ウィンブルドン
イギリスの伝記作家,政治家。インド担当国務大臣在任中 (1905~10) ,「モーリー=ミントー改革」を行うなど,政界で活躍して枢要な地位を占めるかたわら,文筆活動を行なった。ボルテール,J.-J.ルソー,E.バーク,R.コブデン,O.クロムウェルらの伝記を書いたが,なかでも『グラッドストン伝』 Life of Gladstone (3巻,03) が重要。 1908年子爵を叙爵。

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改訂新版 世界大百科事典 「モーリー」の意味・わかりやすい解説

モーリー
Sylvanus Griswold Morley
生没年:1883-1948

アメリカのマヤ考古学者。ペンシルベニア州チェスター生れ。ペンシルベニア・ミリタリー・カレッジで土木工学を学び,のち考古学者の道を歩む。主として,ワシントンのカーネギー研究所によるチチェン・イッツァ遺跡調査をはじめ,多くのマヤ遺跡の調査を手がけた。生粋のフィールド考古学者で,J.E.S.トンプソンと並んでマヤ学の基礎を築いた。主著に《コパン遺跡の碑文》(1937-38),《古代マヤ》(1946)などがある。
執筆者:


モーリー
Alfred Maury
生没年:1817-92

フランスの学者。フランス学士院副司書官,国立史料館館長等を歴任。1862年以後ミシュレの後を継いでコレージュ・ド・フランスで歴史と倫理学を講じた。研究領域は宗教史,神話学,心理学,言語学,地理学等,多岐にわたっている。著書は《魔術と占星術》(1860),《中世の信仰と伝承》(1896)その他。《睡眠と夢》(1861)は,夢の詳細な記録と分析によってS.フロイトの先駆とみなされる。
執筆者:

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デジタル大辞泉プラス 「モーリー」の解説

モーリー〔青森県〕

青森県で主に活動する地域キャラクター。2009年登場。鉄道職員の帽子をかぶった青い木。第三セクター運営の青い森鉄道のイメージキャラクターとして、公募により制作。

もーりー

滋賀県守山市で主に活動する地域キャラクター。2003年登場。赤いベレー帽をかぶったホタルの妖精。同名の地域通貨の発行を機に、市のPRキャラクターとして制作。

モーリー〔広島県〕

広島県でおもに活動する地域キャラクター。ひろしまの森づくりキャラクター。

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