ユビキチン(読み)ゆびきちん(その他表記)ubiquitin

デジタル大辞泉 「ユビキチン」の意味・読み・例文・類語

ユビキチン(ubiquitin)

真核生物に普遍的に見られる、76個のアミノ酸からなるたんぱく質一種。細胞内で異常なたんぱく質の除去などを担う。この過程はユビキチン化システムとよばれ、標的となるたんぱく質にユビキチンが付加することで目印となり、プロテアソームという分解酵素の反応が始まると考えられている。2004年、この分解過程の発見により、アブラムハーシュコアーロンチカノバーアーウィンローズノーベル化学賞を受賞した。

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「ユビキチン」の意味・わかりやすい解説

ユビキチン
ゆびきちん
ubiquitin

76個のアミノ酸からなるタンパク質モディファイヤー(翻訳後修飾分子)の一つで、酵母からヒト、植物に至る真核生物で高度に保存されている(翻訳とは、mRNA塩基配列という遺伝情報をアミノ酸配列へと変換し、タンパク質を合成する過程である)。普遍(ubiquity)的に存在する、という意味でユビキチン(ubiquitin)と名づけられた。ユビキチンフォールドとよばれる立体構造をつくり、熱に安定である。ユビキチン化はタンパク質のリン酸化、アセチル化などと同様、翻訳後修飾の一つであるが、タンパク質によるタンパク質の修飾という点でユニークである。また、ユビキチン結合体からユビキチンを外す脱ユビキチン化酵素の働きにより逆反応も起こる。細胞周期シグナル伝達DNA修復など、さまざまな生命現象にかかわる重要なタンパク質がユビキチン化を受ける標的となることが知られている。

 ユビキチン化のもっとも重要な働きは、標的タンパク質を分解するために、そのタンパク質に結合して目印をつけることである。結合したユビキチンにさらに、ユビキチンが結合してポリユビキチン化された標的タンパク質は、26Sプロテアソームというタンパク質分解酵素複合体によって特異的に認識され、標的タンパク質は分解される。

 ユビキチンはユビキチン活性化酵素(E1)とATP(アデノシン三リン酸adenosine triphosphate)により活性化され、次にユビキチン結合酵素(E2)に転移され、ユビキチンのC末端グリシン残基のカルボキシ基カルボキシル基)が標的タンパク質のリジン残基のアミノ基イソペプチド結合し、結合体を形成する。多くの場合、さらに、ユビキチンリガーゼ(E3)が必要で、基質認識などの制御はこのユビキチンリガーゼが担っている。ユビキチンリガーゼにはユビキチン結合酵素と同様に活性中心であるシステイン残基が関与するHECTドメインをもつグループがある。また、APC(Anaphase Promoting Complex)ユビキチンリガーゼなどはRING-fingerをもつ因子や基質認識因子などから構成されている複合体である。このように、標的タンパク質をユビキチン化するためには、エネルギーを必要とする一連のユビキチン化経路が働いている。タンパク質分解という不可逆反応へと誘導するユビキチン化反応は細胞にとって危険なシステムであるはずで、さまざまな制御機構が働いていると考えられる。

 ユビキチン化経路の異常により病気を引き起こす例として、色素乾皮症、アルツハイマー病、乳癌(がん)、パーキンソン病などがあげられる。パーキンソン病の原因遺伝子であるParkinはユビキチンリガーゼである。また、植物ホルモンであるオーキシンはユビキチンリガーゼに結合し、シグナル伝達経路を制御することが最近わかった。

 さらに、ユビキチン化はタンパク質分解の目印となるばかりでなく、膜タンパク質のエンドサイトーシスendocytosis(細胞膜の陥入による外界からの物質の取り込み作用)の引き金になることも知られている。ユビキチン化を受けると初めて、ユビキチン結合因子により認識され、新たな相互作用が生じる。つまり、タンパク質の機能変換が可能となる。同様のことはユビキチン類似のタンパク質にも当てはまる。ユビキチン類似タンパク質はSUMO(Smt3)、Nedd4(Rub1)、Hub1など、数種類発見されている。結合様式はユビキチンシステムと同様にE1、E2、E3が働くが、それぞれに特異的な酵素が働く。

 2004年のノーベル化学賞はこのユビキチン化システムの業績により、アブラム・ハーシュコ、アーロン・チカノバー、アーウィン・ローズの3氏に贈られた。

[菊池淑子]

『田中啓二著『ユビキチンがわかる――タンパク質分解と多彩な生命機能を制御する修飾因子』(2004・羊土社)』『田中啓二編『別冊医学のあゆみ ユビキチン研究の新展開――メカニズムから疾患研究へ』(2006・医歯薬出版)』『稲垣昌樹編『タンパク質の翻訳後修飾解析プロトコール』(2006・羊土社)』

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化学辞典 第2版 「ユビキチン」の解説

ユビキチン
ユビキチン
ubiquitin

真核生物に普遍的に存在するタンパク質.ほかのタンパク質のリシン残基に共有結合で付加され,目印の役割を果たす.76個のアミノ酸残基からなり,一次構造は酵母からヒトまでよく保存されている.細胞に不都合となったタンパク質はポリユビキチン化され,プロテアソームによって分解される.モノユビキチン化は細胞内輸送系の荷札役になると推定される.ユビキチン化はATP共存的に3段階の酵素反応を経て起こる.[CAS 60267-61-0]

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

栄養・生化学辞典 「ユビキチン」の解説

ユビキチン

 真核生物に広く分布するアミノ酸76個でできたタンパク質で,細胞内のタンパク質がユビキチンと結合する(ユビキチン化)とプロテアソームでタンパク質を分解するマーカーとなる.細胞内では生理的に重要な意味をもつタンパク質の分解反応が多くあり,その反応の中にはプロテアソームで行われるものが少なくないのでユビキチンは細胞内タンパク質分解の重要な鍵となるタンパク質と考えられている.そのほかにも遺伝子発現の調節など種々の機能が報告されている.

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