改訂新版 世界大百科事典 「ヨモギ」の意味・わかりやすい解説
ヨモギ (艾/蓬)
Artemisia
キク科ヨモギ属Artemisiaの植物の総称。春,荒地の枯草の中にいち早く緑色の姿を見せるのがヨモギ(カズザキヨモギ)A.princeps Pamp.である。この若苗を摘んで,ゆでて,餅に入れたものが草餅,だんごに入れたものがよもぎだんご(草だんご)である。独特の風味があり,なつかしさを覚える春の風物詩である。古くはヨモギの代りに,ハハコグサを用いていた。また,夏,葉のよく茂った時期に,葉を刈り取って乾燥し,臼でつき,綿毛を集めたものを〈もぐさ〉といい,灸(きゆう)の材料とする。中国でも古くから薬用とされており,ヨモギナA.lactiflora Wall.は甜薬子(てんやくし)といい,食用にもされてきた。
ヨモギ属植物は世界中いたるところに分布し,その種数は250におよぶ。多くは多年草であるが,ときには一年草~越年草や亜低木のものもある。葉は互生し,細かく切れ込み,普通,綿毛がある。花は風媒花であり,頭花は小さく,下向きに咲き,花粉のとげが丸く,低い。ヨモギ属は,花が大きくて美しい虫媒花であるキクの仲間Chrysanthemumから,虫のいない乾燥した地域に広がる際に,風媒花になったものといわれている。頭花は目だつ舌状花を欠く代りに,周縁部に筒状の雌性花を,中央部に両性の筒状花をもつものや,すべて両性の筒状花からなるものがある。一部を除いて多くのものは花床に毛がない。花柱の枝は先が切形,ときに広がり,剛毛状の突起がある。果実は長さ1mm内外で倒卵形。
カワラヨモギA.capillaris Thunb.は海岸,川岸の砂地に生え,亜低木となる。本州~琉球,朝鮮,フィリピン,中国,ネパールに分布する。オトコヨモギA.japonica Thunb.は草原や川の堤によくみられる多年草で,東アジアに広く分布する。カワラヨモギとともに,頭花中央部の筒状花は不稔である。
アサギリソウA.schmidtiana Maxim.は高山や北地の岩場に生える亜低木である。全草が白色の絹毛によって覆われていて美しいので,観葉植物として栽培されている。本州(北陸・東北地方以北)~サハリンに分布する。花床に密毛のあることが特徴である。
ミブヨモギA.maritima L.(英名sea wormwood)はヨーロッパ原産の多年草。和名は昭和の初期にドイツから輸入され,京都市の壬生(みぶ)で試植されたところからつけられた。トルキスタン地方に自生するシナヨモギとともに,回虫駆除薬のサントニンを得るために栽培される。小花がすべて両性花であることが特徴である。なおヨーロッパ原産のものには,ほかにニガヨモギがある。
ヨモギA.princeps Pamp.は人家近くから山野の草地にごく普通にみられる多年草で,地下茎を伸ばしてふえる。本州~九州,小笠原,朝鮮に分布する。クソニンジンA.annua L.は市街地の荒地や道ばたに生える一年草で,全草に強い臭気がある。広く全世界に分布する。カワラニンジンA.apiacea Hanceは畑や川岸,荒地に生える一年草。本州~九州,朝鮮,中国に分布するが,日本のものは中国から薬用植物として渡来したものが野生化したと考えられている。和名は河原に生え,葉がニンジンの葉に似ることによる。これらの種は花床に毛がなく,頭花が雌性と両性の小花からなることが特徴である。
執筆者:小山 博滋
薬用
ヨモギA.princeps Pamp.のほか,A.argyi Lévl.et Vant.,オオヨモギA.montana (Nakai) Pamp.などの近縁植物の葉を生薬で艾葉(がいよう)という。葉の裏の毛で〈もぐさ〉をつくる。精油の成分は1,8シネオールcineolなどモノテルペン,セスキテルペン類を含む。他の生薬と配合して収斂(しゆうれん)性止血薬として子宮出血,月経調節,腹痛,胃痛に用いる。単独で用いて抗菌止痢の働きがある。またカワラヨモギ,ハマヨモギA.scoparia Waldst.et Kitam.ほか近縁の2種を生薬で茵陳蒿(いんちんこう)という。カワラヨモギは抗糸状菌活性のあるカピラリンcapillarinなどのアセチレン化合物および利胆有効成分カピラリシンcapillarisin,スコパロンscoparoneなどのクマリンおよびフラボン類を含む。利胆作用,胆汁分泌増強とともに,顕著な解熱および利尿作用がある。他の生薬と配合して肝炎の予防,黄疸,伝染性肝炎,各種の胆道疾患,胆囊炎などに用いる。カワラニンジンおよびクソニンジンほか近縁2種を生薬で青蒿(せいこう)という。カワラニンジンはスコポレチンscopoletinなどのクマリン類とセスキテルペン類,クソニンジンはフラボノイドとアルテアヌインarteannuinなどのセスキテルペンを含む。他の生薬と配合して解熱,利胆,止血薬として37~38℃でなん日も下がらない発熱症状,盗汗,マラリア,慢性の伝染性肝炎,痔(じ),鼻血,産後の止血などに用いる。
執筆者:新田 あや
伝承
日本
五月の節供にヨモギとショウブを軒にさして邪気を払う風習は広くみられる。《万葉集》に〈五月の菖蒲草(あやめぐさ)蓬(よもぎ)蘰(かずら)き……〉とあり,また《枕草子》には〈節は五月にしく月はなし。菖蒲(しようぶ)蓬など薫りあひたる……〉とあって,古くからヨモギとショウブは5月の節供に長生の蘰としたり軒にさすのに用いられた。ヨモギのもつ香気が邪気を払い長寿をもたらすと信じられたのであろう。またヨモギの若葉を餅やだんごにつき込んで草餅や草だんごとし,これを節供その他のハレの日に食べて病気や中風よけとする風もある。ヨモギは灸のもぐさの原料であり,またこれを煎じて飲み,胃腸,腹痛,喘息(ぜんそく)などの民間薬にもされた。男子が誕生すると桑の弓でヨモギの矢を四方に射る風習は古代中国で行われたが,この風は日本にも伝わり,貴族や武家の間で行われた。群馬県富岡市の貫前(ぬきさき)神社では正月3日の水的神事に,この桑とヨモギの弓矢で一年の吉凶を占う風がある。五月の節供にショウブとヨモギを魔よけとして用いる風習の由来譚が,昔話の〈蛇聟入り〉や〈食わず女房〉で語られている。
執筆者:飯島 吉晴
ヨーロッパ
北ヨーロッパの伝承によれば,ヨモギは強い磁力をもち,つねに葉を北へ向けている不思議な草と信じられ,水晶占いや呪術(じゆじゆつ)に用いられたほか,リウマチ,不妊,悪寒などに効果のある薬草の一つに数えられた。この草がとくに婦人病に効くのは,女神アルテミスの聖草であったからだといわれ,属名アルテミシアもこれに由来する。大プリニウスは毒虫や毒薬を防ぐ力があると述べ,これを持って旅をすれば疲れないという俗信もある。なお英名mugwortはビールのジョッキmugに由来するという説もあるように,ホップの代用品とされていた。花ことばは〈秘めた愛〉。
執筆者:荒俣 宏
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報