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ライマン ライマン Lyman, Benjamin Smith

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ライマン
ライマン
Lyman, Benjamin Smith

[生]1835.12.11. マサチューセッツノーサンプトン
[没]1920.8.30. フィラデルフィア
アメリカの地質学者。ハーバード大学卒業後,J.ホールの指導で,アイオワ州地質調査に従事し,のちパリの高等鉱山学校,ドイツフライベルク鉱山学校に学んだ。明治5 (1872) 年北海道開拓使の招きで来日し,石狩炭田の開発,日本最初の総合的な地質図『日本蝦夷地質要略之図』 (76) の作成にあたる。

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ライマン
ライマン
Lyman, Theodore

[生]1874.11.23. マサチューセッツ,ボストン
[没]1954.10.11. ブルックリン
アメリカの物理学者。父は海洋生物学者。ハーバード大学卒業。 1900年学位取得。ケンブリッジキャベンディッシュ研究所,ゲッティンゲンに滞在後,母校に戻り,同大学ジェファーソン物理学研究所所長 (1910~47) ,教授 (21~25) 。

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デジタル大辞泉の解説

ライマン(Benjamin Smith Lyman)

[1835~1920]米国の地質学者。1872年(明治5)来日し、各地の油田や地質を調査し、鉱山の開発を指導。1881年(明治14)に帰国。

ライマン(Theodore Lyman)

[1874~1954]米国の物理学者。分光学を研究、1906年に紫外線スペクトルライマン系列を発見した。

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百科事典マイペディアの解説

ライマン

米国の地質学者。ノーサンプトン生れ。1872年北海道開拓使の招きで来日。開拓使仮学校日本人助手を養成して石狩炭田の開発に当たり,日本最初の総合的地質図《日本蝦夷(えぞ)地質要略之図》(1876年)を作製。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ライマン Lyman, Benjamin Smith

1835-1920 アメリカの地質学者。
1835年12月11日生まれ。明治5年(1872)開拓使の招きで来日し,北海道の地質・鉱床を調査。日本初の地質図「日本蝦夷(えぞ)地質要略之図」を作製。工部省にうつり,新潟油田など全国の地質を調査し,地質調査の技術を日本人におしえた。14年帰国。1920年8月30日死去。84歳。マサチューセッツ州出身。ハーバード大卒。

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朝日日本歴史人物事典の解説

ライマン

没年:1920.8.30(1920.8.30)
生年:1835.12.11
明治期に来日したお雇い外国人アメリカ人地質学者。マサチューセッツ州の出身。ハーバード大学に学び,明治5(1872)年に来日。翌年から3年間,開拓使のもとで,北海道の地質調査,地下資源調査を行い,また地質調査の技術を伝える。のち工部省に転じて,新潟,静岡地方の油田をはじめ全国の石油資源の調査を行い,12年には全国の地質調査を完成。14年に帰国,ペンシルベニア州地質調査所に務めた。<著作>『北海道地質総論』

(村上陽一郎)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ライマン【Benjamin Smith Lyman】

1835‐1920
アメリカの地質学者。日本で最初に本格的な地質調査を行った。マサチューセッツのノーザンプトンで法律家の子として生まれた。ハーバード大学で法律学を学んだが,1855年卒業後叔父の仕事に従い鉱山調査に従事し,パリ鉱山学校とドイツのフライベルク鉱山学校に留学,62年帰国後各地鉱山の地質調査を行い,鉱床の走向線図を作成して注目された。72年(明治5年),北海道開拓使に招かれて来日。開拓使仮学校(東京)で学生を教育し,73年から学生たちと北海道の地質・鉱床調査と測量を実施。

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大辞林 第三版の解説

ライマン【Benjamin Smith Lyman】

1835~1920) アメリカの地質学者。1872年(明治5)来日、全国の油田調査事業に従い、また、鉱山開発に尽力。81年に帰国。

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世界大百科事典内のライマンの言及

【石炭】より

…佐賀藩主鍋島直正がイギリス人T.B.グラバーとの共同経営によって本格的な開発に着手し,1869年出炭を開始したが,劣悪な労働条件に抗して,いわゆる〈高島炭鉱問題〉をはじめとする坑夫の暴動がたびたび起こった。 北海道では幕末にすでに幕府の手によって白糠,岩内で採掘が行われていたが,明治初期に北海道開拓使庁のお雇外国人B.S.ライマンが全道にわたって地質調査を行い,その結果に基づいて開拓使は78年,岩内炭鉱とともに幌内(ほろない)炭鉱の開発に着手し,さらにライマンの助手たちによって発見された夕張炭田,空知炭田の開発が進められた。【石井 量】。…

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