スペクトルを取り扱う学問の領域。スペクトルとは、狭義には光波をその波長の相違によって分解し、分散させてつくられた色の帯(おび)をいう。1666年イギリスのニュートンは、窓に小穴(直径約8ミリメートル)をあけ、その光路にプリズムを置き、反対側の白壁に写し出された色の帯を観測し、この光帯をスペクトルと名づけた。穴をスリット(溝)に取り換え、レンズを用いて結像させると、色の分解はいっそう詳細にすることができる。1802年イギリスのウォラストンは、この方法で太陽光のスペクトルの中に数本の黒線を観測し、それを色の境界と考えたが、その後ドイツのフラウンホーファーはとくに精密な装置を用いて、その黒線が太陽光の連続スペクトルの中に現れた鋭い吸収線であることを発見し(1814)、これらにAからGまでの名をつけた。太陽スペクトル中の吸収線はその後さらに多数みいだされているが、これらもフラウンホーファー線とよばれる。フラウンホーファー線の波長は、その後スウェーデンの物理学者オングストレームによって正確に測定され、波長1メートルの100億分の1単位の表がつくられたので、その後、光の波長は、これを単位(オングストローム、記号Å)として表されるようになった。
物質はそれぞれ特有の波長をもったスペクトル線を発光または吸収する。分光学がこの特性を利用してスペクトル分析として科学研究上重要になったのは、ドイツの物理学者キルヒホッフと化学者ブンゼンの共同研究によって、1860年に新元素セシウム、翌年にルビジウムが発見されたことに始まる。これらは他のアルカリ金属とあまりにも化学的に性質が似ているので、化学的方法による分離が困難であったが、それぞれ別の波長のスペクトル線をもっているので、分光学を利用すれば容易に新しい元素であることが確認できた。光の領域は、その後、可視光以外にも拡張され、紫外線、赤外線、X線、マイクロ波など電磁波全体に適用されるようになり、それを観測する手段も、まったく違った原理に基づくものが使われるようになった。たとえば、X線、γ(ガンマ)線ではガイガー‐ミュラー計数管や比例計数管が検出器として用いられ、マイクロ波の場合はダイオードによって検知される。
分光学が物理学の一分野として研究されるようになると、単に電磁波の成分、分布を調べるにとどまらず、電磁波を放射したり吸収したりする物質の構造や機構を研究する重要な手段となった。そして、研究対象によって、原子スペクトル、分子スペクトル、固体スペクトル、原子核スペクトルなどと区別され、それぞれの学問分野が発展をみた。原子から放射されるスペクトルは多くの輝線よりできており、輝線スペクトルとよばれる。分子スペクトルは、水素分子のようにとくに軽い分子を除くと、一般に帯状に広がった幅の広い発光または吸収スペクトルとして観測されるので、バンド・スペクトルとよばれる。しかし、バンド・スペクトルも、非常に高い分解能をもつ分光器を用いて観測すると、ある規則に従って整列した多数の線スペクトルによって構成されていることがわかる。これは、分子の振動や回転のエネルギーも量子化されていて、とびとびの値しかとりえないことによる。これに反して、固体のスペクトルは、多くの場合、分解できない、幅の広い発光帯または吸収帯からできている。これは、固体では、関係する原子やイオンの数が無数といってよいほど多いことによる。いずれにしてもスペクトルの観測によって、物質中の電子や原子核の配列や、運動に関する情報が得られるので、分光学は物質の研究手段として非常に重要な地位を占めている。
スペクトルということばは、その後さらに広く、電磁波以外にも用いられるようになった。たとえば、光電子スペクトル(光の吸収によって物質から放出された光電子を、その運動エネルギーの大きさによって分類したもの)、電子エネルギー損失スペクトル(電子がある物質中を通過するとき生ずる損失エネルギーの分布)、質量スペクトル(粒子線をその質量の大小によって配列した分布)などのように、ある属性に従って分類された分布を一般にスペクトルというようになった。
[尾中龍猛]
『中原勝儼編『分光測定入門』(1987・学会出版センター)』
スペクトルを測定し解析する学問。本来は原子,分子,イオンなどが発する光の強度を波長の関数として調べ,スペクトル線の位置,強さ,形などから対象のエネルギー準位構造,相互作用のようすなどを研究する学問のことを指していた。最近では対象の周波数(波長)分析ばかりでなく,エネルギー分析,質量分析などについても用いられる用語となった。したがって測定を媒介するものは,電磁波とは限らず,粒子線などが用いられる場合もある。なお,後者の場合にはスペクトロメトリspectrometryということばも用いられる。波長領域で分類して,電波分光学,赤外分光学,可視分光学,X線分光学,γ線分光学などと呼ばれる。これらは分子の回転,振動,原子分子の外殻および内殻の電子の運動,原子核の運動などに起因するスペクトルがそれぞれ研究の対象である。波長が長いマイクロ波や赤外領域では吸収分光法,それ以外では発光分光法が主として用いられる。一般には一つの光子が放出されたり吸収されたりする一光子過程が調べられるが,二つ以上の光子が同時に関係する吸収や散乱過程も利用される(二光子吸収分光,ラマン分光など)。電磁波を用いないものでは電子線分光学,β線分光学などがある。また測定の対象によって分類され,原子分光学,分子分光学,固体分光学,核分光学,ハドロン分光学などの呼称が用いられる。
→分光分析
執筆者:清水 忠雄
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