ライリー(英語表記)Riley, Bridget Louise

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ライリー
Riley, Bridget Louise

[生]1931.4.25. ロンドン
イギリスの女性画家。ゴールドスミス美術学校,ロイヤル・アカデミーに学ぶ。ヨーロッパを旅行し,イタリアの未来派に強い影響を受けた。 1961年初めて抽象画を描き,1960年代にはオプティカル・アートの代表的画家と目された。黒白のグラフィックな抽象画を多く描いたが,1970年代になって色彩を用い,形や色の感情との関係を追究している。

ライリー
Riley, James Whitcomb

[生]1849.10.7. インディアナ,グリーンフィールド
[没]1916.7.22. インディアナポリス
アメリカの詩人。少年時代からさまざまな職業につきながら放浪生活をおくり,のちジャーナリズムに関係,インディアナ方言を駆使して中西部の農民を歌った,感傷的あるいはユーモラスな詩によって認められた。詩集に『オールド・スイミング・ホール』 The Old Swimmin' Hole and 'Leven More Poems (1883) ,『子供の歌』 Rhymes of Childhood (90) ,『故郷の歌』 Poems Here at Home (93) などがある。

ライリー
Riley, John

[生]1646. ロンドン
[没]1691. ロンドン
イギリスの画家。 I.フラーに師事し,1670年頃からロンドンで肖像画家として活躍。有名人の肖像を数多く描いた。主要作品はロンドンの国立肖像絵画館に収蔵されている。

ライリー
Riley, Terry Mitchell

[生]1935.6.24. カリフォルニア,コーファックス
アメリカの作曲家。 1955~57年サンフランシスコ州立大学で作曲を学び,61年カリフォルニア大学修了。前衛芸術家グループ「フルクサス」運動に参加。 64年,持続されるC音のパルスと 53種の音型を任意に反復する『インC』を作曲,ミニマル・ミュージック代表作となった。 70年よりパンディット・プランナートに師事してインド音楽を学び,大きな影響を受けて『シュリー・キャメル』 (1977) などの瞑想的音楽を作曲。電子楽器を用いて盛んに即興活動を展開する一方,80年以降は純正調に調律したピアノによる作曲も行なっている。

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百科事典マイペディアの解説

ライリー

英国の画家。ロンドン生れ。1959年スーラ点描主義の視覚的な効果に注目し,1960年から白と黒の小さな形態や曲線が生み出す波状パターンの視覚効果を追求する。1956年の〈感応する眼〉展(ニューヨーク近代美術館)に出品し,オプ・アートの代表的な画家となる。1967年から複数の色彩を取り入れ,より複雑でデリケートな空間の創出を試みている。代表作《流れ》(1964年,ニューヨーク近代美術館)に見られるように,曲線パターンを巧みに操作した作品で知られる。
→関連項目バザレリ

ライリー

米国の作曲家,即興演奏家。カリフォルニア州生れ。ピアノと作曲を学んだのちP.オリベロス〔1932-〕とともに即興演奏のグループを結成し,ポップスジャズの奏者と交流。作品にはインド音楽の影響が顕著で,1960年代半ばから即興性に重きをおく独自の〈反復〉音楽を開拓。S.ライヒらとともにミニマル・ミュージック立役者となる。初期の代表作に《インC》(1964年)があり,自ら即興も行う一連の作品は,欧米作曲界のみならずポップ音楽にも大きな影響を与えた。その後の代表作に,オルガンによる即興作品《シュリー・キャメル》(1976年),ジャズやロックを含めた現代作品の演奏で知られるクロノス・クァルテット(1973年米国で結成)のために書かれた長大な弦楽四重奏曲《平和のためのサロメ・ダンス》(1985年−1986年)など。

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