コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

リッピ リッピLippi, Filippino

6件 の用語解説(リッピの意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

リッピ
リッピ
Lippi, Filippino

[生]1457頃.プラート
[没]1504.4.18. フィレンツェ
イタリアの画家。画家フラ・フィリッポ・リッピの子で,父とともにスポレト聖堂の壁画制作に従事し,父の死後はフィレンツェのサンドロ・ボティチェリに師事した。初期の作品はボティチェリに近いが,1480年頃から明るい色彩のより個性的な作風を確立。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

リッピ
リッピ
Lippi, Fra Filippo

[生]1406. フィレンツェ
[没]1469.10.8/10. スポレト
イタリアの画家。早くから孤児となり,伯母に育てられ,1421年サンタ・マリア・デル・カルミーネ修道院に入会,1430~32年は同修道院の記録に画家として記されている。初期の作品には同修道院のフレスコ画の作者マサッチオマソリーノ・ダ・パニカーレの影響がみられる。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について | 情報

デジタル大辞泉の解説

リッピ(Lippi)

(Fra Filippo ~)[1406~1469]イタリアの画家。フィレンツェ派。現世的、人間的情緒をたたえた聖母子像を好んで描いた。
(Filippino ~)[1457ころ~1504]イタリアの画家。フィレンツェ派。の子。父に学び、のち、ボッティチェリに師事。

出典|小学館
デジタル大辞泉について | 情報 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

リッピ【Filippino Lippi】

1457ころ‐1504
イタリアの画家。画家フィリッポ・リッピの子。プラート生れ。父の死後,その弟子であったボッティチェリの工房で画業を修める。マサッチョが未完に残したフィレンツェのサンタマリア・デル・カルミネ教会ブランカッチ礼拝堂の《ペテロ伝》を,1484年ころ完成させる。86年ころ,代表作《ベルナルドゥスの幻想》を制作。続いて1500年前後の約10年間に,フィレンツェのサンタ・マリア・ノベラ教会ストロッツィ礼拝堂や,ローマのサンタ・マリア・ソプラ・ミネルバ教会カラッファ礼拝堂に大がかりな壁画を制作し,名声を博す。

リッピ【Fra Filippo Lippi】

1406ころ‐69
イタリアの画家。フィレンツェで肉屋の息子として生まれる。カルメル会修道士となるべく,フィレンツェのサンタ・マリア・デル・カルミネ教会の修道院に入れられ,そこで画業を修めた。同教会のブランカッチ礼拝堂には,1425‐28年にマサッチョが師マソリーノ・ダ・パニカーレとともにフレスコ《ペテロ伝》を描いたが,フィリッポ・リッピとその壁画制作との関係は不明である。しかし,32年ころ制作の《カルメル会則の承認》には,明らかにマサッチョの影響による自然主義的な形態感覚がみられる。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

大辞林 第三版の解説

リッピ【Fra Filippo Lippi】

1406~1469) イタリアの画家。修道士でありながら奔放な一生を送り、「聖母子」などの現世的情緒をたたえた宗教画を描いた。息子フィリッピーノ(Filippino1457~1504)も宗教画を残した。

出典|三省堂
大辞林 第三版について | 情報

リッピの関連キーワード長禄上之国館跡永正コシャマインコシャマイン忠義王中原康富足利政知リッピリッピ

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone

リッピの関連情報