出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
イタリアの画家。フィレンツェで肉屋の息子として生まれる。カルメル会修道士となるべく,フィレンツェのサンタ・マリア・デル・カルミネ教会の修道院に入れられ,そこで画業を修めた。同教会のブランカッチ礼拝堂には,1425-28年にマサッチョが師マソリーノ・ダ・パニカーレとともにフレスコ《ペテロ伝》を描いたが,フィリッポ・リッピとその壁画制作との関係は不明である。しかし,32年ころ制作の《カルメル会則の承認》には,明らかにマサッチョの影響による自然主義的な形態感覚がみられる。ついでドナテロやフラ・アンジェリコ等の影響を受けるが,52-64年に制作したプラート大聖堂壁画では,15世紀半ばのフィレンツェ美術の華麗な趣味を反映した,流麗な線描による動きの表現を達成した。終始メディチ家の庇護を受け,コジモ・デ・メディチの尽力で尼僧ルクレツィア・ブーティとの結婚に特認を得,一児フィリッピーノをもうけた。
執筆者:鈴木 杜幾子
イタリアの画家。画家フィリッポ・リッピの子。プラート生れ。父の死後,その弟子であったボッティチェリの工房で画業を修める。マサッチョが未完に残したフィレンツェのサンタ・マリア・デル・カルミネ教会ブランカッチ礼拝堂の《ペテロ伝》を,1484年ころ完成させる。86年ころ,代表作《ベルナルドゥスの幻想》を制作。続いて1500年前後の約10年間に,フィレンツェのサンタ・マリア・ノベラ教会ストロッツィ礼拝堂や,ローマのサンタ・マリア・ソプラ・ミネルバ教会カラッファ礼拝堂に大がかりな壁画を制作し,名声を博す。ときに奇異の感を与えるまでに誇張した劇的な感情を画面に表現し,マニエリスムを予告する美意識を示している。
執筆者:鈴木 杜幾子
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