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ロッソ・フィオレンティーノ Rosso Fiorentino

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロッソ・フィオレンティーノ
Rosso Fiorentino

[生]1494.3.8. イタリア,フィレンツェ
[没]1540.11.14. フランス,フォンテンブロー
イタリアのフィレンツェ派の画家兼装飾家。本名 Giovanni Battista di Jacopo。アンドレア・デル・サルトに学んだとされ,同門のヤコポ・ダ・ポントルモや,またミケランジェロからも影響を受けた。ポントルモとともに,フィレンツェ派の初期マニエリスムの画風を代表する一人。1510年頃からアルブレヒト・デューラーの影響も加えて反古典主義的様式をみせはじめ,1518年のサンタ・マリア・ヌオーバ病院の『聖母子と四聖人』(ウフィツィ美術館)や 1521年のボルテラ大聖堂の『キリスト降架』(ボルテラ市立美術館)で,個性的なマニエリスムの画風を確立した。1524年頃~1527年はローマに滞在。1530年にフランスのフランソア1世の招きでフォンテンブロー宮の装飾に従事。没するまで同宮殿の造営とフォンテンブロー派の指導に尽力し,同派の代表者の一人となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ロッソ・フィオレンティーノ
ろっそふぃおれんてぃーの
Il Rosso Fiorentino
(1494―1540)

イタリアの画家。本名Giovanni Battista di Jacopo。フィレンツェに生まれ、サルトの工房を経て、1517年独立。同門のポントルモとともに、フィレンツェ初期マニエリスムの代表的画家となる。18年のサンタ・マリア・ヌオーバ病院の祭壇画『聖母子と四聖人』(ウフィツィ美術館)と21年のボルテッラ大聖堂のための『十字架降下』(ボルテッラ絵画館)において、当時フィレンツェを支配していた静謐(せいひつ)な盛期ルネサンス様式に対抗し、動勢著しい、新奇で個性的な画風を確立した。24~27年ローマ滞在中、ミケランジェロの影響を受ける。30年ベネチアを経てフランスに赴き、32年以降フォンテンブローのフランソア1世の宮廷画家として、プリマティッチョとともに、『ポモナ』(1532~35)および大画廊の装飾(1534~37)に従事。同地で客死したが、同宮殿の装飾に携わったフォンテンブロー派の指導・育成を通じ、マニエリスム様式のイタリア国外、すなわちフランスやフォンテンブロー様式の影響を受けた北方への普及に大きな役割を果たした。[三好 徹]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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