日本大百科全書(ニッポニカ) の解説
ワイルダー(Thornton Wilder)
わいるだー
Thornton Wilder
(1897―1975)
アメリカの小説家、劇作家。ウィスコンシン州に生まれる。外交官の父に従い香港(ホンコン)、上海(シャンハイ)での生活を経験。高校時代はカリフォルニアで送り、のちエール大学を卒業。高校教師を経てシカゴ大学などで古典文学を教えながら創作に励む。深い教養に裏打ちされ、時代を超越した温厚で肯定的な人間観を、斬新(ざんしん)かつ革新的な形式で表現することに特徴があり、1930年代、その伝統的宗教態度を一部批評家から批判されたこともあったが、アメリカのみならずヨーロッパでも文学者として高い評価を獲得した。小説には、事故死した人物たちの過去を通して神の摂理を究明する『サン・ルイス・レイの橋』(1927)、書簡や記録を組み合わせるという形式でシーザーの晩年を描いた『三月十五日』(1948)、無実の死刑囚をめぐる人生模様を描く『第八の日に』(1967)など。戯曲では写実的形式に敢然と反旗を翻し、舞台の時間と空間の枠を取り払って、宇宙的視点から人間の諸問題と取り組み、一幕劇集『長いクリスマスの正餐(せいさん)』(1931)や、恋愛・結婚・死を通して日常生活の意味を説く『わが町』(1938)、氷河・洪水・戦争という大災害を生き延びてきた人類の意義を考える『危機を逃れて』(1942。『ミスター人類』の題で邦演)、のちにヒットミュージカル『ハロー・ドーリー』(1964)に翻案された喜劇『結婚斡旋(あっせん)人』(1954)があり、いずれも傑作とされている。
[一ノ瀬和夫]
『時岡茂秀訳『ソーントン・ワイルダー一幕劇集』(1978・劇書房)』▽『宇野利泰訳『第八の日に』(1977・早川書房)』▽『鳴海四郎訳『わが町』(『現代世界演劇13』所収・1971・白水社)』