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上知 あげち

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

上知
あげち

江戸時代の大名旗本が,領知である知行地(→知行)を官に返すこと。天保14(1843)年6月,江戸幕府天保の改革に際し,江戸,大坂 10里四方(大坂は 5里四方ともいう)を上知して天領とし,代わりに,それに見合う土地を与えることにした。この法令を上知令という。これによって幕府は,全国に散在する直轄領を江戸,大坂の近くにまとめて統制しようとする意図であったが,和歌山藩などの諸大名や旗本の反対にあい,同 14年閏9月7日,早急に廃止させられた。この失敗は水野忠邦失脚のおもな原因となった。上知は「じょうち」とも読み,諸藩でもしばしば家臣の知行地の返納,没収にこの語を用い,ときに「上地」とも書いたが,「上知」が正しい。

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デジタル大辞泉の解説

あげ‐ち【上知/上地】

江戸時代、幕府や藩が知行(ちぎょう)地を没収すること。また、その土地。あがり地。じょうち。

じょう‐ち〔ジヤウ‐〕【上知/上×智】

すぐれた知恵。また、すぐれた知恵をもつ人。⇔下愚(かぐ)
《〈ギリシャ〉sophiā》真の知恵キリスト教では神をおそれることをもって真の知恵とする。

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百科事典マイペディアの解説

上知【あげち】

江戸時代,幕府が大名・旗本から,大名がその家臣から,それぞれ知行地を没収することを指し,没収された知行地も上知という。知行者の犯罪等により処罰として収公される場合と,行政上の必要性から実施される場合とがあり,後者の場合は通例として代知が与えられた。

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世界大百科事典 第2版の解説

あげち【上知】

江戸時代,幕府が大名・旗本から,また大名が家臣からその知行地を収公したこと,またその知行地をいう。知行主が罪を犯して没収されるという刑罰執行の形においてもなされたが,行政上の必要や純粋に知行地の割替えなどのためからも行われた。後2者の場合には別に代知を給付するのが通例であった。行政的な上知としては,1708年(宝永5)富士山噴火による降灰被害に見舞われた小田原藩領のうち5万6000石余を上知して幕領とし,関東郡代伊奈忠順の手で復旧普請を行ったもの,北方警備のために寛政・安政の両度,幕府が松前藩から蝦夷地を収公したもの,天保改革の際に江戸・大坂10里四方にある私領を上知して一円的な幕領を設定し,幕府支配の再編強化を策したもの(上知令)などが代表的な事例である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

上知
あげち

大名・旗本などの領地を一部または全部取り上げること。取り上げられた領地を上(あが)り知(ち)という。とくに幕府の政策上の必要から上知せしめた場合には、それに見合うだけの封地を与えている。1769年(明和6)に西宮(にしのみや)を尼崎(あまがさき)藩から取り上げて幕領に編入した例や、松前藩から寛政(かんせい)、安政(あんせい)の両度にわたり蝦夷(えぞ)地の一部を上知させた例があげられる。とくに有名なものは天保(てんぽう)の改革中に行われた上知で、江戸、大坂最寄地(もよりち)の私領と長岡藩領の新潟が対象となったが、新潟のみに実施された。なお、明治維新後、廃藩置県までの間は上地と書くのが普通である。[津田秀夫]

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