コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

下瀬雅允 しもせまさちか

4件 の用語解説(下瀬雅允の意味・用語解説を検索)

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

下瀬雅允
しもせまさちか

[生]安政6(1859).広島
[没]1911
火薬発明者。工部大学校化学科卒業 (1884) 。海運技手 (87) ,海軍技師 (93) 。 1893年ピクリン酸を主体とした強力な火薬を発明,「下瀬火薬」と呼ばれた。日露戦争で,弾丸や水雷の爆発薬として大きな効果をあげた。

本文は出典元の記述の一部を掲載しています。

出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

下瀬雅允 しもせ-まさちか

1860*-1911 明治時代の化学技術者。
安政6年12月16日生まれ。大蔵省印刷局に勤務ののち,海軍兵器製造所の技手に転じ,火薬の研究に専念。ピクリン酸を主成分とする高性能の下瀬火薬を発明。この火薬は明治26年海軍に採用され,のち日露戦争の海戦で威力を発揮。海軍下瀬火薬製造所長をつとめた。明治44年9月6日死去。53歳。安芸(あき)(広島県)出身。工部大学校卒。

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

下瀬雅允

没年:明治44.9.6(1911)
生年:安政6.12.16(1860.1.8)
明治時代の化学技術者。下瀬火薬の発明者。安芸(広島)藩士下瀬徳之助の長男。明治17(1884)年工部大学校(のちの東京帝大工学部)応用化学科を卒業。初め大蔵省印刷局に勤務し,のち海軍技手に転職して火薬の研究に従事する。明治21年ピクリン酸を主剤とした爆裂薬を発明し,下瀬火薬として海軍に採用された。この火薬はのちに日露の海戦で使われ効果があった。海軍造兵廠主幹を経て,明治32年海軍下瀬火薬製造所長となるが42年辞任。工学博士。帝国学士院賞受賞。

(所荘吉)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

下瀬雅允
しもせまさちか
(1859―1911)

下瀬火薬の創製者。安芸国(あきのくに)広島藩士の家に生まれる。工部大学校化学科を卒業(1884)、印刷局に勤めたのち、海軍省に転職し(1887)、兵器製造所で火薬を研究した。当時フランスの化学者チュルパンEugne Turpin(1848―1927)が発明したメリニット(ピクリン酸)を入手し、これと同じ成分の火薬を創製(1888)、「下瀬火薬」と命名、これは1893年(明治26)に日本海軍の制式爆薬として採用された。1899年には、東京に設立した海軍下瀬火薬製造所の所長となった。この火薬は日露戦争のとき一般弾丸と水雷の炸薬(さくやく)として使用され、戦勝の有力な一因をなしたとされている。[山崎俊雄]
『松原宏遠著『下瀬火薬考』(1943・北隆館)』

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ) この辞書の凡例を見る
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典内の下瀬雅允の言及

【下瀬火薬】より

…下瀬雅允(まさちか)(1859‐1911)の研究によりつくられた爆薬で,日本海軍の制式爆薬として1893年に採用された。その成分は長い間神秘のベールに包まれていたが,実はピクリン酸そのものであった。…

※「下瀬雅允」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

下瀬雅允の関連キーワード黒色火薬下瀬火薬発明権科学技術週間西川虎之助三好久太郎茂木重次郎安井敬七郎八谷泰造発明者

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone