日本大百科全書(ニッポニカ) 「不安定原子核」の意味・わかりやすい解説
不安定原子核
ふあんていげんしかく
unstable nuclei
エネルギー最低の基底状態にあっても核子や電子などを自然に放出して、より安定な原子核に変化していく原子核を総称する。一般に原子核は、陽子と中性子から構成されており、それらの間に核力とよばれる強い相互作用が働いているため、強固に結合した超高密度の多体系をなしている。元素の原子番号として現在Z=1~111が知られているが、このZは電子数であるとともに、中心にある原子核に含まれる陽子の数にほかならない。原子核では、ある陽子数Zに対して中性子数Nが異なるいくつかの組合せが可能である(これを同位体とよぶ)ので、元素の数よりもはるかに多彩な存在形態をもっている。この場合、中性子を次々と加えていくとき、これ以上つけたら粒子がこぼれ落ちて原子核という有限多体系を維持することができないという限界の中性子数が、各陽子数に対してそれぞれ存在する。これを中性子ドリップラインという。他方、ある中性子数に対して陽子を次々と付け加える場合に、Zの限界を陽子ドリップラインという。
陽子数Zと中性子数Nの組合せが両ドリップラインの限界の範囲内であれば、核子を放出するような崩壊はおこらないので、質量数の決まった原子核多体系としての存在が意味あるものとなる。しかし、ZとNの組合せによって原子核としての性質は著しく異なるのが一般的である。それらは、安定原子核およびβ(ベータ)崩壊をする不安定原子核に大別される。
たとえば、Z=8(酸素核)ではN=8(16O)、N=9(17O)、N=10(18O)の同位核は安定であり変化しない。しかし、N=11(19O)やN=12(20O)の同位核は不安定でβ崩壊がおこり、半減期がそれぞれ26.9秒でフッ素核19F(安定)に、13.6秒で20F(不安定)に変わる。さらに後者はふたたびβ崩壊をして20Ne(安定)となる。
不安定原子核は、一般的に弱い相互作用によって、質量数は同じで原子番号が一つだけ異なる隣の原子核に変わる。その変化の半減期(または寿命)は、原子核の世界の時間スケールからすると十分長いが、安定不変ではない。ふつう陽子数が多い不安定核では、陽子が陽電子とニュートリノを放出して中性子に転換するので(β+崩壊)、原子番号Zが一つ減った原子核となる。他方、中性子過剰な不安定核では、中性子が電子と反ニュートリノを放出して陽子に転換するので(β-崩壊)、Zは一つ増えた原子核に変わる。
天然に存在する安定な原子核は約270種知られている。これに対して、β崩壊をする不安定原子核は2000個以上も発見されている。また、質量公式や理論計算からは6000個にのぼる不安定原子核の存在が推定されている。人工的な生成には、おのずと限界はあるが、これら不安定原子核が近年とくに注目されている理由をいくつかあげておこう。
第一に、中性子過剰核でみられるハロー構造(中性子の密度分布が陽子の分布に比して大きく外まで広がっている構造)やスキン構造(中性子分布が陽子の外側まで出て皮のように包んでいる構造)あるいは巨大変形など、密度分布の異常な広がり現象が発見されたり、核子の一体エネルギー状態が安定核とは相当異なる領域が存在するなど、原子核の伝統的な理解を大きく拡張すべき内容をもっているからである。また、スピン・アイソスピン(角運動量)と結び付いた巨大共鳴など多様な運動モードの存在が明らかになり、有限量子多体系としての原子核のユニークな運動形態などが注目されている。
第二に、入射核破砕反応など陽子や中性子をはがしたり付加したりする実験の進歩は著しく、人工的に未知の不安定核をたくさんつくりだしたり、未確定の中性子ドリップラインや陽子ドリップラインを明確にしたりする可能性が広がっているからである。すでに炭素C、マグネシウムMgやネオンNeなどでは、中性子数Nが陽子数Zの2倍以上の不安定同位核がみつけられている。
第三に、不安定原子核の生成における陽子捕獲や中性子捕獲または崩壊の確率を、実験的に測定し確定することは、星の元素合成による進化の物理学的プロセスを理解するうえに不可欠な確固とした根拠を提供することになるからである。いいかえれば、宇宙や星の生成・進化のシナリオには核物理学の知見が不可欠となっている。
[元場俊雄]