ニュートリノ(読み)にゅーとりの

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ニュートリノ」の意味・わかりやすい解説

ニュートリノ
neutrino

電荷 0,スピン 1/2の素粒子レプトンの一種。中性微子ともいう。電子ニュートリノ(νe),μニュートリノ(νμ),τニュートリノ(ντ)の 3種類が存在する。質量は非常に小さいため観測が難しく,今日わかっている質量の上限はおのおの<2eV,<0.19MeV,<18MeVである。1931年ウォルフガング・パウリβ崩壊の際にエネルギー,運動量,角運動量の保存則(→エネルギー保存則運動量保存則角運動量保存則)が成り立つためには前述の性質をもつ中性の粒子電子と同時に放出されなければならないとしてニュートリノを仮定的に導入した。その存在が実験的に確認されたのは,1956年クライド・L.コーワンとフレデリック・ライネスが,原子炉から放出されるはずであると予想された強力なニュートリノビームによって起こされたβ崩壊の逆過程を見出したときである。確認がこれほど遅れたのは,ニュートリノが電気的に中性でほかの素粒子との相互作用(→素粒子の相互作用)が弱いからである。
コーワンらの実験結果によれば,地球に突入したニュートリノがほかの粒子と反応する確率は 1兆分の1以下で,ほとんど全部が反対側の地点から飛び出し,また太陽からのニュートリノは毎秒 100兆個も人体を貫通するが,反応を起こすのは一生に 1回程度と評価されている。1942年に坂田昌一谷川安孝は二中間子論(→中間子論)でニュートリノに 2種類あると仮定したが,これは 1962年ブルックヘブン研究所で実証された。今日は 3種類あることがわかっており,β崩壊で電子とともに放出されるものを電子ニュートリノ,π中間子の崩壊でμ粒子とともに放出されるものをμニュートリノ,τ粒子の崩壊に伴うものをτニュートリノという。これらは弱い相互作用でそれぞれ組となって現れ,それぞれの組に対して定義された電子レプトン数,μレプトン数,τレプトン数が保存される。1956年李政道楊振寧は弱い相互作用では物理現象が左右非対称(パリティ非保存)であるという理論を提唱した。その後電子ニュートリノもμニュートリノも,ニュートリノは左巻き(スピンと運動方向が逆),反ニュートリノは右巻き(スピンと運動方向が同じ)だけであることが実験により観測されたが,この事実は前述の理論を実証している。これによればニュートリノの質量は 0となると思われたが,1962~63年に坂田牧二郎,中川昌美は種類の異なるニュートリノは 0ではない異なる質量をもち,その結果として相互に移り合うニュートリノ振動をする可能性を予測した。この予測は 20世紀末から 21世紀初頭,実験的に確認された。ただ,ニュートリノの微小な質量の起源,振動の程度を決める原理など,素粒子の根本理論にかかわると思われる重要な問題は,まだ理論的に解明されていない。
日本では,岐阜県にある東京大学宇宙線研究所付属神岡宇宙素粒子研究施設を中心に,ニュートリノの研究が世界の先頭を切って行なわれている。1987年2月,大マゼラン雲(→マゼラン雲)で起こった超新星爆発で発生したニュートリノが同施設内のカミオカンデでとらえられた(→小柴昌俊)。1998年には,宇宙線によって地球の表側裏側での大気中で発生したニュートリノの割合が,スーパーカミオカンデに到達した時点で同じではないことが確定され,ニュートリノ振動がまちがいなく起こっていることが国際的に承認された(→梶田隆章)。(→ニュートリノ天文学

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「ニュートリノ」の意味・わかりやすい解説

ニュートリノ
にゅーとりの

素粒子の一つ。電荷をもたず、強い相互作用をしないので中性微子ともいう。スピン1/2でフェルミ‐ディラック統計に従う粒子である。名称の由来は中性のものという意味である。

 素粒子は、強い相互作用をするハドロンと、それをしないレプトン(軽粒子)、相互作用を媒介する媒介子(ゲージ粒子、ヒッグス粒子)に分類できるが、ニュートリノはレプトンに属する。レプトンはワインバーグサラムの理論によれば、負の電荷をもった荷電レプトンと中性のレプトンが組となって二重項をつくっているが、ニュートリノはこの中性レプトンの総称であり、電子(e)、μ(ミュー)粒子、τ(タウ)粒子と組をなしているものを、それぞれ、電子ニュートリノ(νe)、μニュートリノ(νμ)、τニュートリノ(ντ)とよび、現在この三つが知られている。

 歴史的には、β(ベータ)崩壊は中性子が電子と反ニュートリノを放出して陽子に変わる過程であるが、電磁相互作用ならびに強い相互作用をしないニュートリノは観測にかかりにくく、それの持ち去る分だけエネルギーが非保存のようにみえた。パウリはこの困難を回避するためニュートリノの存在に気づいた(1931)。その実験的検証はたいへん遅れた(ライネスとコーワンClyde Cowan1919―1974による。1956年)。ニュートリノの質量は小さいことが知られている。今日ではニュートリノ振動現象により質量があることは確かである。

[益川敏英]

『川崎雅裕著『謎の粒子――ニュートリノ』(1996・丸善)』『日本物理学会編『ニュートリノと重力波――実験室と宇宙を結ぶ新しいメディア』(1997・裳華房)』『山田克哉著『はたして神は左利きか?――ニュートリノの質量と「弱い力」の謎』(講談社・ブルーバックス)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例