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中西悟堂 なかにしごどう

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

中西悟堂
なかにしごどう

[生]1895.11.16. 金沢
[没]1984.12.11. 横浜
歌人,詩人。幼名,富嗣。少年時代天台宗の僧籍に入り,悟堂と改名。 1912年前後から歌作を始め,21年から詩作も発表しはじめた。歌集『唱名』 (1916) ,『安達太良』 (59) ,詩集『花巡礼』 (24) などがある。

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デジタル大辞泉の解説

なかにし‐ごどう〔‐ゴダウ〕【中西悟堂】

[1895~1984]野鳥研究家・天台宗の僧。石川の生まれ。本名、富嗣(とみつぐ)。昭和9年(1934)日本野鳥の会を結成。探鳥会を行い、自然保護運動に尽力した。著「定本野鳥記」など。

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百科事典マイペディアの解説

中西悟堂【なかにしごどう】

野鳥研究家,詩人,随筆家。金沢市生れ。天台宗学林卒。僧職から転じて野鳥研究に没頭し,《山岳詩集》《野鳥と共に》などの詩や随筆を書き,1934年柳田国男北原白秋らをさそって〈日本野鳥の会〉を創設。
→関連項目山階芳麿

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中西悟堂 なかにし-ごどう

1895-1984 大正-昭和時代の野鳥研究家,詩人,歌人。
明治28年11月16日生まれ。天台宗の僧。昭和9年日本野鳥の会を設立し会長。機関誌「野鳥」を発行,自然保護につくした。国際鳥類保護会議の終身日本代表。52年文化功労者。昭和59年12月11日死去。89歳。石川県出身。本名は富嗣(とみつぐ)。著作に「定本野鳥記」など。
【格言など】みどり児のわれを捨てにし母の行方尋(と)め来てむなしわれすでに老ゆ(「悟堂歌集」)

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世界大百科事典 第2版の解説

なかにしごどう【中西悟堂】

1895‐1984(明治28‐昭和59)
野鳥研究家,詩人。石川県金沢市生まれる。幼くして父母に別れ,天台宗の僧侶であった伯父中西悟玄に育てられた。12~13歳のとき秩父山中で108日間の荒行の際,肩やひざにとまりにきた小鳥と親しんだのがきっかけで,野鳥や自然の保護を生涯のしごととするようになった。15歳で得度剃髪(ていはつ)。1934年,竹友藻風らとはかって〈日本野鳥の会〉を起こした。この会には,柳田国男北原白秋杉村楚人冠内田清之助黒田長礼山下新太郎山口蓬春などが多数参加して,当時起こりつつあった博物趣味に,高い文化性とそこはかとない野生との共存の哲学を秘め,科学と文芸の合体融合を願う姿勢をとるが,いささか高踏的雰囲気をもっていた。

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大辞林 第三版の解説

なかにしごどう【中西悟堂】

1895~1984) 野鳥研究家。金沢生まれ。幼名、富嗣。悟堂は法名。1934年(昭和9)、日本野鳥の会を結成、自然保護に尽力。著「定本野鳥記」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

中西悟堂
なかにしごどう
(1895―1984)

野鳥研究家。明治28年11月16日石川県金沢市に生まれる。幼名富嗣(とみつぐ)。10歳で養父悟玄の教化により秩父(ちちぶ)山中で断食の苦行を行い鳥に親しむ。15歳で仏門に帰依(きえ)し法名悟堂。天台宗学林に入学。20歳で歌集『唱名』(1916)を出版。以後30歳まで仏門にあって作詩作歌活動を展開。その後、鳥虫魚の飼育観察に取り組み、36歳で『虫・鳥と生活する』(1932)を出版。2年後に日本野鳥の会を創立し機関誌『野鳥』(1934)を発刊。同時に富士山麓(さんろく)での探鳥会を始め、探鳥ブームの基礎を築いた。当時流行していた飼い鳥の廃止を訴え、のちにかすみ網の全廃運動の陣頭にたち、野鳥保護思想の啓蒙(けいもう)普及に生涯を捧(ささ)げた。『野鳥と生きて』(1956)で日本エッセイスト・クラブ賞、『定本野鳥記』で読売文学賞を受賞。主要著作114点。比叡(ひえい)山天台宗権僧正(ごんそうじょう)。紫綬褒章(しじゅほうしょう)、文化功労者、勲三等旭日(きょくじつ)中綬章などを受けた。昭和59年12月11日肝臓癌(がん)で死去。[藤原英司]
『中西悟堂著『定本野鳥記』全16巻(1962~1986・春秋社) ▽小谷ハルノ著『父・悟堂』(1985・永田書房)』

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世界大百科事典内の中西悟堂の言及

【バードウォッチング】より

…自然の中であるがままの野鳥の姿や声を,鳥を傷つけたり驚かしたりすることなく観察し,観賞して楽しむ行為をいう。日本語では〈探鳥〉ないし〈探鳥会〉なる訳語があてられるが,このことばは,1934年中西悟堂が〈日本野鳥の会〉を創立したとき,〈野鳥〉とともに初めて用いたものである。〈日本野鳥の会〉の探鳥会が初めて行われたのは同年6月3~4日で,富士山麓の須走(すばしり)に,当時の文壇,画壇,歌壇の重鎮,著名な民俗学者,言語学者,動物学者,会社経営者,貴族およびその家族などが参加して行われた。…

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