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二里頭遺跡 にりとういせきEr-li-tou

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

二里頭遺跡
にりとういせき
Er-li-tou

中国河南省偃師県にある古代の遺跡。 1959年以降墟探索を指向して,数次にわたり調査された。この遺跡は4期に区分され,第3期では宮殿址や中国最古の青銅器 (爵,鑿,鏃など) が発見された。宮殿址は1辺約 100mの方形基壇上にあり,東西約 30m,南北約 11mの規模をもつ。二里頭1期は河南竜山文化に比定される一方,夏代のものとする意見もあり,まだ評価は定まっていない。

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デジタル大辞泉の解説

にりとう‐いせき〔‐ヰセキ〕【二里頭遺跡】

中国、河南省偃師(えんし)県にある殷(いん)代前期の遺跡。中国最古の青銅器や宮殿跡が出土し、殷墟(いんきょ)期に先行する二里頭期標準遺跡とされる。

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百科事典マイペディアの解説

二里頭遺跡【にりとういせき】

中国河南省偃師県の新石器時代末期から代の遺跡。4期に分けられ,後半の3・4期には青銅器,宮殿址が伴う。華北における初期国家形成期(前2千年紀前半)の遺跡と考えられ,同時期の城壁を持つ遺跡が他の地域でもいくつか調査されている。

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世界大百科事典 第2版の解説

にりとういせき【二里頭遺跡 Èr lǐ tóu yí zhǐ】

中国,河南省偃師県の南西9kmにある河南竜山文化晩期から殷代早期文化の遺跡。1957年に発見され,59‐64,72‐73,75,80年に発掘調査が行われた。連続する4期に分けられる。第1期文化は河南竜山文化晩期に相当し,鼎,鬹(き),盤,三足盤,豆(とう),壺,盆などが出ている。第2期文化は陶製の爵(しやく),盉(か),觚(こ),簋(き),大口尊などの器形が新たに出現するが,基本的には第1期文化の継承であり,河南竜山文化の終末期から次の文化への過渡期にあたる。

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大辞林 第三版の解説

にりとういせき【二里頭遺跡】

中国河南省偃師えんし県にある殷代前期の遺跡。青銅器が出土し、宮殿の造営が確認され、都城址とみられる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

二里頭遺跡
にりとういせき

中国、河南(かなん/ホーナン)省偃師(えんし)県二里頭村にある遺跡。遺跡の年代は、河南竜山文化から殷(いん)前期の紀元前2000~前1300年ごろにあたる。二里頭遺跡の北は洛河(らくが)に臨み、南は5キロメートルで伊河に達する。北には(ぼうざん)を、南には嵩山(すうざん)を望むことができ、古来、この地方には「夏(か)」や「殷」に関する伝承が多い。遺跡は東西約2.5キロメートル、南北約1.5キロメートルの広さで、文化層の堆積(たいせき)は2~4メートルに達している。遺構としては、宮殿址(し)、小型建築址、墓、灰坑(かいこう)(地下貯蔵穴)があり、出土遺物には、土器、青銅器、玉器の類がある。出土した土器は4期に編年され、二里頭文化の標準遺物となっている。青銅器には、爵(しゃく)、戈(か)、鏃(ぞく)、鈴(れい)、鑿(のみ)、錐(きり)などがあり、中国でもっとも古い青銅遺物として重要な意味をもっている。二里頭文化に関しては、これを夏代の文化とする説、殷前期の文化とする説、二里頭期を夏、期を殷前期とする説などがある。また二里頭遺跡を殷第1代の湯(とう)王が都を置いた「西亳(せいはく)」の地に比定する説もあるが確かではない。[飯島武次]

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世界大百科事典内の二里頭遺跡の言及

【殷周美術】より

…中国の殷・周王朝の時代から秦による統一までを扱う。はじめ(か)に天下を治める徳があったとき,遠方の国々は物の図を献じ,鼎(てい)を鋳てその図を彫り込んだ(《左氏伝》)という。楚王が周室の鼎(かなえ)の軽重を問うたときの話である。夏の実在についてはなお慎重な調査研究が進められている。河南省偃師(えんし)二里頭下層文化期の土器の様相から,古史の伝えるごとく,夏が青銅器の最初の鋳造者であった可能性はなお十分残されているが,現在発見される最古の青銅器は二里頭上層文化期発見の殷代初期のものである。…

【夏】より

…第17代の履癸(桀王)は暴君で,諸侯が背き,殷の成湯大乙に滅ぼされた。殷の卜辞(甲骨文)のごとき文字史料が未発見で,その実在は未確認であるが,最近,河南省偃師県二里頭遺跡が発見され,その文化の性格をめぐり,夏の存在が強く主張されるにいたった。この遺跡の文化は前後2期に大別され,その前期は新石器の竜山文化晩期に性格が近く,後期は殷の二里岡期に近い。…

【河南[省]】より

…中国の北部,黄河の下流域に位置する省。地域の大部分は黄河の南にあり,河北,山東,安徽,山西,陝西,湖北諸省に隣接し,全国的にみて山地と平原との中間地帯を占める。面積は16万7000km2,中国全体の約60分の1に当たる。人口は9172万(1996)。4地区,13地級市,25県級市,91県からなり,省都は鄭州市である。中国の古代地理書である〈禹貢〉(《書経》の中の一編)には九州の一つとして予州とみえ,ほぼ天下の中央に相当するので中州または中原ともよばれた。…

※「二里頭遺跡」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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