《初会金剛頂経》の梵本によって,金剛界の仏部,金剛部,宝部,蓮華部,羯磨(かつま)部の五部の諸尊を,尊像(上段),真言(中段),標幟印,羯磨印,契印(下段)に分けて描いた白描図像巻で,現図曼荼羅の九会と異なり,大,三昧耶(さんまや)(秘密),法,羯磨(供養),四印,一印の六会の曼荼羅からなる。図像本をくりながら諸尊の修法を視覚的に体得する観法書であるため,《五部心観》と称される。これは滋賀円城寺に蔵され,円珍が入唐求法(852)の際,師の青竜寺の法全(はつせん)から授与された手中本であり(表題註記,奥書による),巻末に描かれた肖像の梵語には〈此の法は阿闍梨善無畏三蔵の所与なり〉,紙背には〈此無畏和上真也〉とあって,これが善無畏にもとづくことを示している。この時代の遺品は少なく,図像ののびやかな張りのある描線は晩唐風で,絵画史的に貴重な作品である。なお図中に彩色のメモがあるところから,原本は白描でなく彩色本であったことがうかがえる。《五部心観》の注釈書である《六種曼荼羅略釈》(京都青蓮院)の序文に,〈善無畏訳出の五部心観〉とあり,《金剛頂経》を探るうえで,現在流布する金剛智・不空訳(真言宗継承)と異なる天台宗請来のこの《五部心観》はきわめて重要である。また円城寺には巻初を欠く1巻(平安後期)があり,そのほか高野山西南院本,武藤家本などが知られる。
執筆者:石田 尚豊
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