交通事業(読み)こうつうじぎょう

日本大百科全書(ニッポニカ) 「交通事業」の意味・わかりやすい解説

交通事業
こうつうじぎょう

対価を徴収して人や貨物の輸送サービスを行う事業。運輸事業ともいう。鉄道業、バス、タクシー、トラックなどの自動車運輸業、海運業、航空業、パイプライン業などがあり、第三次産業に属している。不特定多数の顧客を対象とする一般運送人(コモン・キャリアー)と、特定の契約者のみを顧客とする契約運送人(コントラクト・キャリアー)とに区分される。乗合バスは前者の例、貸切バス後者の例である。本格的な交通事業は、欧米では19世紀に入って、日本では明治時代に始まった。蒸気船や蒸気機関車の発明による近代的、機械的な大量輸送機関の出現と、産業革命による生産の大規模化や市場の拡大による輸送需要の増大とが、いずれもこの時期に起こったのが、その理由である。高度な技術を要し、初期投資が大きく、規模の経済性が働く鉄道輸送サービスや海上輸送サービスは、自家生産が困難であるため商品生産の形がとられ、交通事業が企業として成立するに至った。

[新納克広]

公的規制

輸送サービスは国や地方公共団体が供給する場合があり、私企業が供給する場合でもいろいろな公的規制を受ける。鉄道事業法、道路運送法など、交通の種類や事業分野ごとの法律で、規制の内容が定められている。ほとんどの交通事業について、新規開業や規模拡大には、監督官庁への届出または監督官庁の許可が必要である。また、私企業に対して、公共部門からの補助が行われることがある。規制の内容は、経済的規制と社会的規制に分かれる。経済的規制は、交通市場における供給量と価格(運賃)の規制である。供給力が需要水準に比べ過剰にならないように、新規参入や規模拡大を抑制する需給調整規制がその例である。社会的規制は、サービス標準に関する規制や安全確保のための規制をさす。一般運送人には、運送引き受け義務、顧客の差別的取扱いの禁止、運賃の事前公開の義務も定められている。

 公企業の存在や公的規制の理由は、四つある。第一は、輸送サービスの安全で継続的な供給が、住民の日常生活や企業の生産活動に不可欠だからである。第二は、鉄道、道路、港湾空港のような大規模な交通基盤施設(インフラストラクチャー)の初期投資が大きく、その投資資金の回収が長期にわたることから、民間資金だけでは建設が困難だからである。第三は、国や地方公共団体が、特定の目的の政策遂行のために輸送サービスを活用する場合があるからである。たとえば、離島航路や過疎地のバスは、不採算であっても社会的に必要と考えられるため、公共部門が直接経営したり、私企業に補助したりする。第四は、鉄道業のような大規模な固定施設を必要とし、大量生産するほど単位当り費用が減少する事業では、競争は二重投資による資源の浪費を招きやすいことから、独占を認めて、公的機関が価格や営業内容を規制するほうが、国民経済に有利と考えられるからである。

 公企業の割合や公的規制の強弱は、国により業種により異なる。基幹交通事業は、開発途上国では主に公営であるが、先進国では公営と民営が混在する。貨物輸送よりも旅客輸送、契約運送人よりも一般運送人、そして市場への自然的参入障壁が高い交通市場や、売り手の数に比べて買い手の数が多い交通市場に対して、より厳しい公的規制がなされる。一般に、鉄道やバスは規制が厳しく、貨物自動車輸送や海運は規制が緩やかである。1980年代から、世界各地で交通事業の民営化や規制緩和が行われている。日本では、日本航空の完全民営化や国鉄のJRグループへの転換が行われた(1987)。経済的規制の緩和は、1980年代に行なわれた、北米の航空事業やイギリスのバス事業が先行事例として有名であり、日本では、1990年(平成2)の貨物自動車輸送業を最初に、2006年(平成18)までにすべての交通事業で需給調整を伴う参入規制が廃止された。

[新納克広]

自家用交通との競合

自家用乗用車や自家用トラックの普及によって、多くの輸送サービスで自家生産が増加した。そのため、交通事業者は他の事業者ばかりでなく、自家用交通との競争にさらされている。自家用車への人々の選好は強く、交通事業者の経営を苦しくさせる原因となった。公的規制を受けない自家用車の増加は、従来の交通政策の前提条件であった鉄道やバスの独占的地位を崩し、公的規制の理由であった独占による弊害の除去の必要性を弱めた。これが、公的規制緩和の理由の一つでもある。

[新納克広]

日本の特色

日本では、旅客輸送では鉄道の比重が、貨物輸送では内航海運の比重が高い。これは、地理条件に負うところが大きい。地域交通における私鉄の発達は日本独自の特色である。高度経済成長期には、輸送需要が大幅に増加し、交通事業は拡大の一途をたどった。なかでも、航空業や貨物自動車輸送業の伸びが大きく、鉄道から自動車や航空への輸送手段の転換が起こった。近距離旅客輸送では、自家用車が普及し、交通事業者の役割が小さくなった。経済成長の鈍化につれて輸送需要の伸びが低迷し、国内交通事業者の経営環境は厳しくなっている。

[新納克広]

『斎藤峻彦『交通市場政策の構造』(1991・中央経済社)』『金本良嗣・山内弘隆編著『講座・公的規制と産業4 交通』(1995・NTT出版)』『日本交通学会編『交通経済ハンドブック』(2011・白桃書房)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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