植物のめしべの柱頭に人為的に花粉をかけて受精させることで,動物の人工受精に対応する。作物の品種改良で交雑育種を行う場合の重要な操作であり,また近年は,果樹類の栽培上,着果率を向上させるための重要な農作業となっている。一般におしべの葯の中で成熟した花粉は,開葯(葯が裂開すること)とともに飛びだすが,このような成熟した花粉のみがめしべの柱頭上で発芽できる。発芽してめしべの花柱の中を伸長した花粉管が,子房中の卵細胞に到達すると受精が完了する。ふつう,めしべの受精能力は花粉よりもずっと長時間(ムギ類では10日間近い)保たれる。そこで人工受粉をするときは,受精能力のある花粉を入手して,柱頭にふりかけることがたいせつである。植物によって開花,開葯の時刻は異なり,またこれが気温や空気湿度の影響を受けて変動するため,それぞれの植物について,開花の習性を熟知し,これをじょうずに利用しないと人工受粉は成功しない。コムギ,オオムギでは開葯直前の状態に達した花器の先端部を切りとると,葯を支えている花糸が急速に伸長し,花粉の成熟もすすんで開葯するようになる。そのような葯を開葯直前にピンセットで抜きとり,あらかじめ除雄しておいた別の花器のめしべの柱頭上にふりかける。受粉後,伸長した花粉管が卵細胞に達して受精するまでの時間は,コムギでは20℃の温度下で約5時間である。
自家不和合性の強い品種間の交雑や種間,属間の交雑を行う場合,人工受粉させても,花粉が発芽しなかったり,花粉管が花柱内で伸長を停止したり,あるいは受精卵が発育の途中で死滅したりすることが多い。このような難点は,最近,細胞・組織培養法の技術を利用することによって飛躍的に改善されつつある。タバコNicotiana tabacum L.とロシアタバコN.rustica L.の種間交雑がその一例で,シャーレの中で裸にした一方の胚珠に,他種の花粉を直接かけ,受精胚を培養することによって容易に交雑が可能となっている。ただし,この例のように受粉操作が試験管内で実施されるときは試験管受粉test tube pollinationといわれ,人工受粉とは区別することがある。
果樹類の栽培における人工受粉は,他殖性のリンゴ,ナシ,カキなどを対象として行われる。従来,これらの果樹園では,受粉用の別の品種(受粉樹という)を少数植え込み,虫媒による自然受粉が図られてきた。しかし近年,農薬の使用の増加とともに,訪花昆虫が激減し,その対応策として人工受粉が行われるようになった。最も単純な方法は,受粉樹から開葯中の花を摘採し,これを所定の花の柱頭になすりつけるものである。また摘採した多数の花をふるいの上にこすりつけて花粉を採取し,これを小筆などで柱頭になすりつける方法もある。少量の花粉を効率的に利用するために,石松子(ヒカゲノカズラの胞子)や粉乳が希釈増量剤として利用される。また花粉の能力を長時間維持するための低温貯蔵法も発展してきている。
執筆者:武田 元吉
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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