翻訳|pollen
顕花植物の花のおしべにある葯(やく)と呼ばれる袋の中でつくられる顆粒(かりゆう)のことで,その中の細胞は分裂して未熟な雄性配偶体になっている。雄性配偶体はめしべの中で成熟して精子または精細胞をつくる。厚くて丈夫な花粉の外膜は,雄性配偶体を乾燥から保護し,受精のために花粉がめしべまで安全に運ばれる上で重要な役割を果たしている。花粉の運ばれ方(送粉方法)には風による風媒,昆虫や他の動物による虫媒・動物媒,水による水媒がある。風媒花粉はその生産量が多く(多いものでは,マツ類では1花あたり100万粒をこえる),外膜にはふつう著しい突起や粘着物がなく,散布範囲が広い。それに対して虫媒花粉は生産量も少なく,動物体に付着しやすいように外膜表層に突起や粘着性物質が発達している場合が多い。花粉はめしべの柱頭(被子植物)や胚珠の花粉室(裸子植物)に付着する(受粉)と,そこで水分を吸収して発芽する。発芽して花粉管が出る位置がきまっていない場合(例,イチョウ)もあるが,ふつうはきまった場所から発芽する。発芽部には溝状をした発芽溝や円状の発芽孔などがあり,その数や位置はさまざまである。花粉の大きさは種子植物全体では10μ以下から150μ以上まであって変異が大きいが,種によってほぼきまっている。しかし同一種内でも大きさやさらに外膜模様までも2型があって,めしべの長さが異なる異型蕊花(ずいか)による不和合性と関係する場合(例,サクラソウ属,イソマツ属)もある。また雑種植物の花粉は形や大きさがしばしば不揃いである。花粉壁は内膜と外膜の2層からなり,外膜はさらに複雑な層状構造をもち,その外層の形態によって花粉の表面模様がさまざまになる。外膜は胞子・花粉を通してスポロポレニンと呼ばれるテルペンに近い物質からできている。花粉母細胞は葯中で減数分裂して4個の娘細胞(四分子)になり,その各1個から花粉ができる。分裂のしかたは立体的に分かれるものから平行に分裂するものまでいろいろあって,それによって花粉の極性と大体の原形がきまる。四分子は多くの場合ばらばらに離れて4個の花粉粒になるが,離れずに二~四分子花粉(例,ガマ科,シャクナゲ科)になるものもある。花粉が葯から放出されるのは被子植物の多くでは配偶体が2細胞の時,裸子植物では3~4細胞の時である。精細胞をもつ3細胞性配偶体になったものも少なくない(例,コムギ)。
花粉とくに風媒花粉は開花期に空中に大量に放出・浮遊し,花粉症と呼ばれるアレルギー病の原因にもなる(スギ,マツ,ブタクサ,トウモロコシなど)。その反面,ミツバチがつくる花粉団子が幼虫の食糧になっていることなどからわかるように,養分に富むので食・薬品材料としての利用が期待されている。また近年,地中の花粉を調べる花粉分析の手法によって,過去の植物,植生,気候,海岸線や炭田・油田の地下資源の埋蔵などが推定されている。
執筆者:加藤 雅啓
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種子植物における雄性の配偶体のことで、花粉粒とほぼ同じ意味に用いられる。発生の仕組みからみると、まず、小胞子母細胞(花粉母細胞)が小胞子嚢(のう)(花粉嚢または葯室(やくしつ))の中で減数分裂を行い、それぞれ4個の小胞子(花粉4分子)をつくるが、普通それはさらに分裂して2~4個の細胞となり、肥厚・分化した花粉壁に包まれたまま、多少とも休眠の状態となる。こうした時期に小胞子嚢から出て、胚珠(はいしゅ)、または雌しべの柱頭へ、風や水、または昆虫、鳥、コウモリなどのような動物に付着することによって運ばれる(移動できる)状態になった発芽中の小胞子を花粉とよぶ。したがって、発生段階からみると、花粉にはいろいろなタイプがあり、花粉という概念も、発生学的よりも生態学的なとらえ方といえる。
裸子植物の場合、小胞子は栄養細胞(前葉体細胞)を分出したのち、花粉管細胞と雄原細胞に分かれ、ついで雄原細胞は柄(へい)細胞と中心細胞になり、さらに中心細胞から2個の精細胞(ソテツやイチョウでは動性の精子)ができる。普通、裸子植物では、花粉管細胞と雄原細胞が生じて、2~4個の細胞に分かれた段階で花粉になることが多い。しかし、ヒノキ科のように一細胞性の花粉もあれば、ナンヨウスギ属Araucariaのように、栄養細胞に由来する40にも達する核をもつ花粉もある。
被子植物の場合は、小胞子が花粉管細胞と雄原細胞に分裂し、さらに雄原細胞が2個の精細胞に分裂するのが一般的であるが、花粉には二細胞性のものと三細胞性のものとがある。
普通、花粉は1個の小胞子細胞から4個つくられるが、カヤツリグサ科などでは生殖機能をもった花粉は1個しかできない。またツツジ科などでは、4個の小胞子は接着したまま分離しないし、トウワタ科、ラン科などでは、さらに多くのものが接着して花粉塊polliniumをつくる。
花粉の形、大きさはさまざまである。外形は球状や楕円(だえん)状のものが多いが、扁平(へんぺい)、多角形、棒状のものもある。また大きさは径25~100ナノメートルのものが普通である。花粉の表面にはいろいろな模様がみられる。この模様が彫刻されるのは、花粉壁の外壁(スポロポレニンを多く含んで化学的に安定した部分)の外層の部分である。また、外壁には膜が薄くなっていて、そこから花粉管が伸長して出る発芽装置がある。発芽装置にはいくつかの型が認められるが、これは系統分類学的形質として重要視されるもので、裸子植物一般にみられる1個の細長い発芽装置をもった一溝性花粉は、もっとも原始的とみなされている。
こうした花粉の形、大きさ、表面模様の多様性や発芽装置の型は、他の研究のうえでも、たいせつな要素となる。たとえば、昆虫の体についている花粉によって、その昆虫が訪れた植物の種を知ることができるし、堆積物(たいせきぶつ)中の花粉分析によって、第四紀における植生の遷移を知ることができるなどである。
[田村道夫]
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…地層中に埋もれた過去の植物の花粉pollenおよび胞子sporeをとり出し,それらを識別・鑑定するとともに,そのおのおのの量的な分布を調べるまでの一連の操作をいう。その結果は,地質学,古生物学,考古学,林学などに利用される。とくに地質学や考古学の分野では,過去の気候や植生を知るための資料として重要視される。また特定の花粉や胞子は,ある特定の地質時代にしか発見されないことを利用して,これらの花粉や胞子を含む地層の地質時代を知るために利用される。…
…また,ガレノスが150年ころにヤギ乳について同様のことを注意した記録があるし,バビロニアの《タルムード》には卵白によるアレルギー性疾患と思われるものの予防法が書かれている。1565年にイタリア人の医師ボタロは花の花粉によると考えられるアレルギー性鼻炎を記載している。1873年イギリスの医師ブラックリーCharles H.Blackleyは,アレルギー性鼻炎(当時は枯草熱と呼んでいた)を起こす季節以外でも,患者に花粉を吸入させると症状を誘発しうることや,花粉をこのような患者の皮膚に擦り込むと発赤と膨疹を起こすことを発見した。…
…地層中に埋もれた過去の植物の花粉pollenおよび胞子sporeをとり出し,それらを識別・鑑定するとともに,そのおのおのの量的な分布を調べるまでの一連の操作をいう。その結果は,地質学,古生物学,考古学,林学などに利用される。…
…胞子囊穂は分枝し,胞子囊托は花被に包まれる。胚囊(雌性配偶体)は退化し,花粉管受精を行う。子葉は2枚,系統関係のよくわからない3属よりなる。…
…このように裸子植物の大胞子葉と被子植物のめしべ(心皮)は機能的にはよく似ている。しかし,被子植物のめしべは子房の中に胚珠を包みこみ,その先は柱頭となって花粉を受けとめ,雌性配偶体は著しく退化した胚囊となり,胚乳は極核と精核が受精してできる。また子房は発達し実となる。…
…異形胞子はコケ植物とシダ植物の一部,裸子植物と被子植物のすべてにみられる。裸子植物と被子植物の小胞子は花粉とよばれ,成熟した花粉はすでに細胞分裂し,雄性配偶体ができている。
[胞子の特性と分散]
藻類の胞子は水中に放出,散布されるので,胞子壁は厚くないが,コケ植物や維管束植物など陸上生活を営むものでは,胞子は乾燥に耐えられるように,多層からなる厚い胞子壁でおおわれ,さらに周皮によって包まれている場合もある。…
※「花粉」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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