牛乳の性質をできるだけ変えないように,濃縮,乾燥し,粉末状にしたもの。牛乳に比べて,容積が小さく,軽くて保存性がよいので,貯蔵や輸送に便利である。使用される原料や用途によって,全脂粉乳,脱脂粉乳,調製粉乳などの種類がある。製造にあたっては製品の溶解性を低下させないために,なるべく新鮮な牛乳を用いる。次に牛乳の成分を,製品規格に合うように標準化してから荒煮を行う。荒煮の目的は加熱殺菌で,70~78℃,5~10分間の加熱をする。これを減圧濃縮装置により,約55℃で約4分の1の容積になるまで濃縮する。乾燥・粉末化は噴霧乾燥法(スプレードライ)により行われる。120~150℃に加熱した清浄な空気を送風する室内に,濃縮乳を霧状に噴出すれば,蒸発面積の急激な増大によってほとんど瞬間的に乾燥粉末となる。この際濃縮乳からは蒸発熱が奪われるので,噴霧粒子が直接受ける熱は比較的低く,80℃以下である。したがって牛乳成分の熱による変化は最小限に抑えられ,溶解度のよい粉乳が得られる。乾燥粉末は連続的に取り出し,10~15メッシュにふるい分けして均一な粒子とし,缶などの容器に充てんする。全脂粉乳では缶内の空気を窒素ガスで置換して脂肪の酸化を防ぎ,保存性を高めることが行われている。
脱脂乳から製造される粉乳である。脂肪含量がきわめて低いため,全脂粉乳と異なり,貯蔵中に脂肪酸化臭を生ずることがなく,保存性が高いのでよく利用される。還元牛乳,ヨーグルト,アイスクリーム,製菓,製パンなどの原料のほか,家畜用飼料としても用いられる。家庭用として溶けやすいインスタントスキムミルクがある。これは脱脂粉乳を水分約15%まで吸湿させ,ふたたび乾燥したもので,粉乳粒子が凝集して多孔質な状態になり,水に分散しやすい。
乳児に必要な栄養素を配合して製造した育児用の粉乳である。牛乳の成分組成は人乳と異なるので,そのままでは育児に適さない。人乳の性質にできるだけ近づけるために,調製粉乳では次のような処理が行われている。(1)牛乳はタンパク質,とくにカゼインが人乳より多いので,アルブミンとグロブリン含量を高め,カゼインの比率を低めてソフトカード化するために,乳清タンパク質を添加する。(2)必須脂肪酸であるリノール酸が牛乳脂肪に少ないので,リノール酸含量の多い植物油脂を配合する。(3)平衡乳糖またはβ-乳糖を添加する。(4)カルシウム,リン,ナトリウムなど腎臓機能の未発達な新生児にとって,過剰なミネラルを除去して腎臓負担を軽減するとともに,鉄のような不足しているミネラルを強化する。このように調製粉乳の改善が行われているが,あくまでも母乳不足のときの代用品に過ぎず,育児には母乳栄養がもっとも優れた方法であることはいうまでもない。
→牛乳
執筆者:吉野 梅夫
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
牛乳または脱脂乳から水分を除去し、粉末状にして保存性を高めたもの。牛乳からつくったものを「全粉乳」または「全脂粉乳」、脱脂乳からつくったものを「脱脂粉乳」、全粉乳にショ糖を加えたものを「加糖粉乳」、主として乳児栄養の見地から成分を置換したり、微量栄養素を添加したものを「調製粉乳」という。このほかクリーム、バターミルク、ホエイなどを同様に乾燥したものも、粉乳の類似品として取り扱う。歴史的にはマルコ・ポーロの『東方見聞録』に、モンゴル人が天日でミルクを乾燥させて粉乳をつくっているとある記録が古いが、工業的には比較的新しく、1903年にアメリカでドラム式乾燥機による生産が始められた。日本では1917年(大正6)和光堂によって生産が開始されたが、本格的な普及は1930年代に入ってからである。
製造方法はドラム乾燥法と噴霧乾燥法に大別される。ドラム法は、蒸気で加熱された鉄製の円筒を回転させ、その表面に牛乳を散布して水分を蒸発させ、残った粉乳をかき取る方法である。噴霧法は、あらかじめ固形分45%程度に濃縮した牛乳を、乾燥塔で微細な乳滴状にして熱風中に噴霧し、瞬間的に水分を蒸発させたのち、粉乳粒子を分離回収する方法である。噴霧法でつくられた粉乳は、ドラム法に比べ加熱の程度が少ないため、成分の変化が少なく保存性もよいので、現代では噴霧法が一般に用いられている。
粉乳は種々の乳製品の原料となるほか、製菓、製パン、調理食品の原料としても広く用いられるが、粉乳製造のときの熱処理の強さによって使用適性が異なる。低熱処理粉は還元牛乳、チーズなどの還元乳製品、高熱処理粉は製パン、チョコレート製造などに適している。粉乳は低水分のため微生物は生育せず、常温で保管できるが、粉乳中の脂肪が長期保存中に酸化して風味の低下をもたらす。したがって脱脂粉乳では約3年間の保存期間に耐えるが、全脂粉乳では6か月である。このため全脂粉乳や調製粉乳では、容器中の空気を窒素ガスで置換し、脂肪の酸化を防いで保存性を高める方法が行われている。
[新沼杏二・和仁皓明]
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出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
…栄養料として最も多く用いられるのは牛乳であるが,ほかにヤギ乳または大豆乳(豆乳)などが用いられることもある。 人工栄養の歴史は古いが,人工栄養に頼れるようになったのは1930年ころからであり,日本で調製粉乳が用いられるようになったのは50年過ぎからである。歴史的にみれば人工栄養の成功の原因としては,(1)牛乳や水での細菌汚染に対する対策の樹立(19世紀後半~20世紀前半),(2)冷蔵庫の出現,(3)ソフトカード化(1920ころ),(4)牛乳成分,とくにその濃度を人乳に近づけたこと,(5)ビタミン,とくにCおよびDの分離(1930ころ)とその添加,があげられる。…
…日本の1995年の原乳生産量は838万tで,うち514万tが飲用向け,311万tが乳製品向けとなっている。乳製品のうちバターが8万t,チーズが10.5万t,脱脂粉乳が19万tの生産量である。雪印乳業,明治乳業,森永乳業の大手3社への集中度が高い。…
※「粉乳」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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