赤血球のもつ酸素運搬能を有し血液型をもたず長期保存できる人工物。血液は血球成分と血漿(けっしょう)成分で構成される。血球成分の中には白血球があり、細菌や異物などを貪食(どんしょく)して処理する機能や免疫機能(免疫グロブリンの産生を介するものと細胞が直接働くものに分かれる)を介して生体防御を担っている。また出血部位の止血に働く血小板もある。赤血球は血球成分の大部分を占め、組織や臓器へ酸素を運搬・供給し炭酸ガス(二酸化炭素)を搬出する役割を担っている。人工血液とは、主としてこの赤血球にかわるものとして開発研究の対象になっている製剤である。
[池淵研二]
通常は赤血球を輸血する場合、患者と同じ血液型(ABO型、RhD型)であることと、患者の赤血球および血清と輸血製剤間で凝集反応が生じないこと、すなわち適合していることが必要であり、輸血前にはかならず検査が求められる。緊急時にはこの検査を行うだけの余裕がないケースも往々に発生する。人工血液は製造工程で血液型物質が除去されており、検査をせずに迅速に使用できる。また赤血球製剤は生物由来であるため、ごくわずかなチャンスではあるものの輸血を介してウイルスや細菌など感染症を伝播(でんぱ)するリスクを抱えている。人工血液では製造工程にウイルスと細菌に対する不活化および除去工程が組み込まれており安全である。また赤血球製剤は生きているため保存期間が4℃で21日間と限られているが、現在開発が進んでいる人工赤血球は室温で2年以上保存できて機能が保証されている。
[池淵研二]
最初に人工赤血球として開発された製剤はパーフルオロカーボン(PFC)である。PFCは高い酸素溶解能をもつ炭素化合物であり、水に溶けないため界面活性剤を用いて懸濁させ製剤化する。粒径が赤血球に比べ極端に小さく、通常では赤血球が循環できない虚血病巣(動脈血の流入が減少あるいは途絶している部分)にも酸素を運搬できる。ただし赤血球の代替として大量に投与された場合、肝臓、脾臓(ひぞう)、骨髄などで異物処理を担当する網内系に捕捉(ほそく)され、その臓器の機能に影響を及ぼすことが知られ、種々の物性改良が試みられている。
[池淵研二]
酸素を運搬するヘモグロビンを赤血球から精製し、分子の安定性および投与した後の血管内寿命を延長させるための分子設計を施した製剤が開発されている。ヘモグロビン分子内の架橋、分子間の架橋、高分子を結合させ分子量を大型化したもの、あるいは酸素運搬能を高めるように遺伝子を改変して製造した遺伝子組換えヘモグロビンなどが登場している。酸素運搬能は十分保証されている。ただし分子サイズが小さく、血管内皮細胞が産生する血管平滑筋弛緩(しかん)因子である一酸化窒素を高い親和性で取り込んでしまい、結果として血管が持続的に収縮した状態になる。これが原因で血圧上昇など副作用が惹起(じゃっき)される。ヒトへの臨床応用には解決すべき課題を抱えている。
[池淵研二]
細胞膜と同じ構造をもつ脂質二重膜小胞のリポソーム内に精製したヘモグロビンを内包させた製剤が開発段階にある。濃縮したヘモグロビン分子と酸素親和度を調節するアロステリック因子を同時に約250ナノメートルのリポソームに内包させ、表面をポリエチレングリコールで修飾しており、酸素運搬能および生体適合性は高い。動物実験レベルであるが40%の血液を本製剤で置換しても動物が生存できることや、90%以上の出血時でも本製剤の投与で血圧が維持できることが報告されている。ヒトへの臨床応用を念頭にした製造プラントが計画中である。
ヒト血清アルブミンと合成ヘム誘導体を組み合わせたアルブミン‐ヘム複合体に酸素運搬能があり国内で開発研究が行われている。血小板の代替物も開発が進められており、リポソームや巨大分子化した重合アルブミンの表面に、血小板機能(接着や凝集など)を担う血小板固有の糖タンパク(グリコプロテイン)を固相化させた製剤が開発段階にある。
[池淵研二]
今のところおもに赤血球の働きを代替させるためにつくられた製剤を意味している。人工的酸素運搬体ともいわれる。血液の成分,赤血球を人工的な物質で補い,突発的な出血の際など緊急の場合に役立てようとする研究は,これまで数多く行われてきた。血漿成分に関してはすでに代用血漿が開発され,臨床にも応用されている。しかし組織や臓器に対して赤血球に代わって酸素を運搬供給し,二酸化炭素を搬出する製剤のほうは目下研究開発中である。人工血液という場合,このように主として赤血球に代わる役目をなすものをさす。血液自体の役割は,白血球による異物の貪食機能,血小板による止血機能,血漿による栄養供給,代謝産物の処理,排出,免疫機能その他多くのものがあるが,これらすべてを兼ね備えた人工血液の開発は将来においても不可能と考えられる。
人工血液の研究には今までのところ,ヒトのヘモグロビン(Hb)を原料に用いるものとして,(1)リポソーム包埋型ヘモグロビン,(2)分子型ヘモグロビン溶液があり,化学的物質を原料とするものにはコバルトヒスチジン複合体,イミダゾール重合体,(3)パーフルオロケミカルなどがある。現在最も脚光をあびているものはヒトヘモグロビンを利用するものであるが,まだ実用化までには至っていない。
ヒトヘモグロビンを人工血液として利用するためには,酸素との結合能を低下させることと,血中での停留時間を延長させるために何らかの処置を行わねばならない。分子型ヘモグロビンでは4量子のヘモグロビン分子がそのままの形で維持できるよう,分子内で架橋を行うか,PLP(ビタミンの一種)を添加後,ポリエチレングリコールと結合させたり,ヘモグロビン分子同士重合させる方法が行われている。リポソーム包埋型ヘモグロビンはリポソームを人工細胞として利用,中にヘモグロビンとともにPLPやその他の酵素などを包埋するものである。現在,開発研究がすすんでいるのは分子型ヘモグロビンでフェーズⅢの治験が実施されており,すでに数百の臨床例を経験済という。ただし,分子型ヘモグロビンは血管内皮由来血管拡張因子を不活化するため,血圧上昇をきたすことがあり,膠質浸透圧のため利用するヘモグロビン濃度に限界があるなど,通常の輸血に利用するには,なお改良しなければならない。したがって現在開発中の人工血液の臨床応用は大量出血があるのに輸血が行えない場合,すなわち血液型の問題があるときや輸血拒否(宗教団体〈ものみの塔〉では輸血を拒否している)の場合,災害,戦争時のような血液供給不足の場合,体外循環充塡液として,臓器灌流保存液などに適応が考えられている。しかし今後,人工血液として人体に大量に輸血するには,肝臓,脾臓の網内系組織を中心とした臓器内蓄積,免疫機構の抑制の問題,そのほか生体に不利な影響を及ぼす点についての検討が望まれる。
→輸血
執筆者:湯浅 晋治+関口 定美
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血液の機能を代行するもの.血漿の代用にポリ(ビニルピロリドン),アルギン酸ナトリウムが用いられる.ヘモグロビンをリボソームに埋め込んで赤血球のかわりをさせる試みのほか,酸素担体の役割を果たすフッ素化合物,たとえばペルフルオロデカリンの乳濁液なども人工酸素運搬体として注目されている.
出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報
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