日本大百科全書(ニッポニカ) 「人間不平等起源論」の意味・わかりやすい解説
人間不平等起源論
にんげんふびょうどうきげんろん
Discours sur l'origine et les fondements de l'inégalité parmi les hommes
フランス啓蒙(けいもう)期の思想家ルソーの『学問芸術論』に続く第二の著作。1755年刊。ルソーは本書で「人間の本性を赤裸々に暴き、その本性をゆがめてきた時代と事物の進歩のあとをたどり、人為の人と自然人を比較することによって、人為の人のいわゆる進歩改良のなかにこそ、その不幸の真の原因がある」ことを示した。
自然状態において人間は自己保存の本能にゆだねられ、互いに孤立して生活し、その肉体的欲求を満たすことに専念していた。自然人は美徳も悪徳も知らず、身体的不平等を除いてほとんど平等であった。彼の「完成能力」つまり理性は社会状態において初めて発達するが、同時に彼は邪悪になる。家族が成立したころの社会状態は「人間にとって最良の状態」であった。しかし私有とともに平等は消失する。やがて富者の横領と貧者の略奪が始まり、恐ろしい戦争状態へ至る。富者は自己の利益を守るために、契約によって種々の不平等、富者と貧者、強者と弱者、主人と奴隷の状態を制度化する。いまや個人は無であるから平等であり、ただ最強者の欲情だけが支配するから善の観念や正義の原理は消失する。不平等の到達点でふたたび「新しい自然状態」が始まる。このように、本書はルソーの著作のなかで、もっとも犀利(さいり)な社会批判である。
[坂井昭宏]
『平岡昇他訳『人間不平等起源論』(岩波文庫)』▽『平岡昇編『世界の名著30 ルソー』(1967・中央公論社)』▽『R・ポラン著、水波朗・田中節男・西嶋法友訳『孤独の政治学』(1982・九州大学出版会)』▽『小笠原貞親著『初期ルソーの政治思想』(1979・御茶の水書房)』