日本大百科全書(ニッポニカ) 「人間生態学」の意味・わかりやすい解説
人間生態学
にんげんせいたいがく
human ecology
人口や諸制度の動態と地域的配置との相即に関する一定の規則性をみいだす学問分野。人間生態学のキー・コンセプトは、動物・植物生態学にみる競争とか共生に示唆を得たものが少なくない。
[奥田道大]
コミュニティとソサエティ
人間生態学の社会科学部門としての成立は、アメリカの都市社会学、とくに都市生態学部門の貢献が大きい。「都市社会学の父」R・E・パーク(1864―1944)は、シカゴ学派都市社会学の創始者として知られるが、人間生態学の発想と方法を都市研究の中心に据えていた。20世紀初頭の都市化と工業化の大きな社会変動過程にあって、地域的にも拡大、発展を続けたシカゴ市を「都市研究の社会的実験室」として位置づけた。方法的には、都市化と工業化に伴うさまざまの社会問題群(とくに人種とスラム問題、社会的解体と病理問題)と地域的分布との相即を、科学的に調査研究した。パークのキー・コンセプトとしては、やはり動物・植物生態学に依拠した競争、闘争、応化、同化などがある。そして、都市把握の二つのレベルとして、「コミュニティ」と「ソサエティ」を提出している。コミュニティは都市の下部構造で、非合意の生物的結合関係によって支えられているのに対して、ソサエティは都市の上部構造で、合意の社会的結合関係によって支えられていることになる。
[奥田道大]
同心円地帯理論
パークのキー・コンセプトに基づき、都市発展の生態学的地域構造をシェーマ化したものに、パークのよき協力者であったE・W・バージェス(1886―1966)の「同心円地帯理論」がある。バージェスはシカゴ市の拡大過程を同心円的にとらえ、都心ビジネス地区、遷移地区、労働者住宅地区、中産階級住宅地区、郊外高級住宅地区の五つの地帯を示した。各地帯の社会特徴のなかで、とくに都心ビジネス地区と労働者住宅地区に挟まれた遷移地区zone in transitionが土地利用の不鮮明なエア・ポケットで、同地区が海外移民などのマイノリティ・グループの居留地と同時にスラム地区を形成する。スラム地区が、さまざまの社会解体と病理、人種と貧困問題の凝集点を形成する。バージェスの同心円地帯理論に依拠して、シカゴ学派都市社会学者は、個別社会現象との相即を明らかにする。H・ゾーボーのスラムと黄金海岸(最高級住宅地)、E・R・マウラーの家族解体、C・R・ショーの少年非行・犯罪、E・フェアリスとH・W・ダンハムの精神障害に関する研究は、その一例である。
[奥田道大]
文化生態学理論
同心円地帯理論に対しては、その後H・ホイトの「扇状地帯理論」とか、C・D・ハリスとE・C・ウルマンの「多核心地帯理論」などの修正理論が寄せられている。しかしこれらの修正理論も、鉄道時代から自動車時代への交通手段の変化、あるいはシカゴ市とは異質の都市基盤から編み出された図式であって、パラダイムそのものに変更があるわけではない。しかし第二次世界大戦後、とくに1960年代以降は、国勢調査地区(センサス・トラクト)を単位とする標準化された社会地区分析social area analysisが進められている。いわば「自然地区」natural areaに基礎を置く人間生態学的研究は、やや下降線にある。それは、交通手段、都市産業基盤だけでなく、社会テクノロジーの発達による個別社会現象と地域との相即がビジュアルにとらえられなくなりだしたことに由来する。他面では、人々のライフ・スタイルとか価値観、認識の風景との関連をシンボル的に示す地域を標的とした「文化生態学」cultural ecologyが、人間生態学の系譜から派生してきていることに注意したい。
[奥田道大]
『R・E・パーク、E・W・バーゼス他著、大道安次郎・倉田和四生訳『都市――人間生態学とコミュニティ論』(1972・鹿島出版会)』▽『L・W・ワース他著、鈴木広訳・編『都市化の社会学』増補版(1978・誠信書房)』▽『A・ホーリー著、矢崎武夫監訳『都市社会の人間生態学』(1980・時潮社)』▽『倉沢進編『東京の社会地図』(1986・東京大学出版会)』▽『宝月誠、中野正大編『シカゴ社会学の研究』(1997・恒星社厚生閣)』